04/16/06

世界宗教の非合理化とその復元5(イベリア半島3)

スペインの王様一人(しかも代々に渡って)頑迷固陋と言うと言う訳ではないでしょうから、古代の略奪貿易・略奪婚時代の感覚のままで生きていたのが、スペイン人だったと言えるかもしれません。
彼らは、そのころ始っていた世界大航海時代において、折角新大陸発見やその他の海外領土を獲得しても、まだ、戦争による略奪、賠償金の獲得や、結婚による一時金獲得のような発想しかなかったために、砂金を掘ってくるなどの略奪的対応しか出来なくて、持続的な栄養にならなかった原因でしょう。
その結果、折角最初に新大陸を発見し、その他の海外植民地を獲得したのに、後発の英仏蘭に入れ替わられてしまうのです。
ところで、商業と物づくりは違うようですが、商業の発達が、必然的に道具や各種製品の交易を生み出して、ものづくりの発達に繋がるのです。
商人にとっては、最初のうちは交易品の中心は、地域特産品の原料などが中心だったでしょうが、重くて嵩張る原料よりも、小さくて高価な工芸品を運ぶ方が利幅が良いのです。
中世に商業が発達したイタリアやドイツに、マイスターその他の職人が発達した所以です。
日本でもそうですが、農村では指物師その他の職人が育つ余地がなく、江戸の消費文化の下で、各種工芸・職人層が発達したのです。
話を戻しますと、
彼、フィリッペ2世は、戦争で勝って戦利品を獲得するか、持参金目当てに結婚をするしか金策の方策を知らなかったのが悲劇でした。
(イギリス国教会独立の原因となったヘンリイ8世に離婚された母とともに、不遇下で育った娘メアリイが、年老いてからイギリス国王(女王)に就任するのですが、フィリッペ2世はその財産目当てにメアリイと結婚するなど・・正面から見れば、勿論メアリイ程可哀想な人生もないのですが、横から見れば、何か、この王様自体悲劇の主人公みたいです。)
そんな人間だからこそ、頑なにカトリックに肩入れしたのでしょう。
スペインの王様がもっと商業活動に理解があれば、スペインでも物づくりが発達し、近代以降のスペインの歴史が変わっていたかもしれません。
折角大航海時代に先鞭をつけ、世界中に最初に進出したのに、感覚が古すぎたのでそこからは砂金を持ち出すような略奪的利用しか出来なかったので、近代以降の植民地経営に繋がらなかったのです。



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