04/16/06

世界宗教の非合理化4と改革(イベリア半島1)

キリスト教世界的に・・ローマ側から見れば、失地回復でしょうが、そこに住んでいる住民から見れば、イスラム時代には、イスラムの教えの方が良いと思っていた人の方が多かったのでイスラム世界になっていただけでしょう。
現在のインドネシアの人々がイスラムに支配されているのではなく、イスラムの教えの方が良いと思うから・・・好きだからそうなっているだけです。
これが、もしも徐々にキリスト教徒の方が多くなった場合、それまで異教徒に支配されていたとは言わないのです。
スペインも異教徒に支配されていたわけではなく、イスラムを追い出した時点では、キリスト教徒の方が多くなっていたと言うだけの話でしょう。
話を元に戻しますと、スペイン人はこのように、わざわざイスラム・商業的戒律が気に入らずに農業的キリスト教徒の改宗していったくらいですから、イタリアを震源とする新時代・・商業的道徳に変わろうとする宗教改革運動に拒否反応を示したのは、当然です。
私に言わせれば、イスラムの大々的な商業活動に対し、ベネチアを震源地とする商業活動はその小型版であったと言うのが、私の理解です。
そして、中東の諸地域の民は、新しい宗教を作ってイスラムの教義の下に大々的に商業活動をやったのに対し、ローマの御膝元のベネチアでは、農業価値観に染まったキリスト教義の下で、ユダヤ的日陰者的感覚で商業に精出していたのです。
日本で言えば、商人が、道徳規範的には、士農工商の最下位に位置付けられて仕事していたのと似ています。
このようにスペインの直ぐ隣のイタリアで発達した商業活動は、道徳的に日陰者扱いでしたから、現実直視よりも観念的傾向の強い人々には、却って、これに反感を持ち易い環境です。
日本で言えば、革新傾向が強くなると、国体護持観念が強まるのと同様に、却ってスペインでは旧価値観を守ろうとする気持ちが強くなることが多かったのでしょう。
スペインと言う国は、第二次世界大戦前後のスペイン内乱のときも、そうでしたが、左翼が盛んになると、それ以上に右翼が強くなって、結局は右翼のフランコ総統が制圧してしまったのです。
海に囲まれた国では、普通は現実的な国民性が多いのですが、不思議な現象です。
スペインの生活分布に詳しく有りませんが、首都が海岸線にないなど考え合わせると、もしかしたら海岸線での生活領域があまり発達していない、内陸国での生活中心なのかもしれません。



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