04/14/06
世界宗教の非合理化と各種学問の離脱1
次第に宗教からいろんな分野が独立していくのは、各種学問と宗教の関係でも同じです。
世界宗教は、森羅万象に関する説明・・・もちろん宇宙がどうなっているか、地球が動いているかどうかの説明も含みます・・・・をしていたのですが、その意味では壮大な体系でした。
既に書いたように、宗教界が、秩序を守らせるために地獄・天国の説明をするためにも、宇宙に関する説明が必要だったのです。
仏教でもご存知のように、人間界や畜生道その他に分類し、さらに宇宙の神秘については曼荼羅で説明しています。
古代の傑出した知恵者が考え出した、(実際は、何代にも渡って構築されていったものでしょう)この壮大な体系は、周辺の知恵者を驚かし、周辺世界に凄い勢いで普及していくのです。
明治維新以降、デカルト、カントなどの西洋哲学思想が、日本に怒涛のように入ってきたのと同じでしょう。
ところが、この壮大な体系も時代の進展とともに無理が生じてくるのですが、社会システムや人倫の道・・法に関しては、それぞれ考え方の違いについては、各宗派に分派していくことによって誤魔化しが利いたでしょうが、自然科学の分野では、立場の違いとか異教徒かどうかでは誤魔化せません。
すべての学問の始まりは、宗教にあると言ってもいいでしょうが、それが次第に宗教から独立して現在の学問と言う名になってきたのは、時代の進化とともに、古代に成立した各種の説明の誤りが分かってきたことが第一でしょう。
今では、アインシュタインの説でさえ説明出来ない事象が分かってきたのと同様に、一種の学問の限界がわかったのですから、その時代の精神にあわせて変更していくべきだったでしょう。
ところが、あまりにも壮大な体系になってしまっていたために、或いは信仰にまで高められていたために、(繰り返しますが、信仰は本来は宗教とは関係がないのです。)次々と矛盾が分かっても簡単にこれを認めることが出来ず、硬直化してしまったのです。
信仰にまで進んだ人は、神の無謬性・・盲目的信仰が身上ですから、理性的な説明によって、今までの宇宙に関する説明・・・・その他関連する原理原則が間違いであったと言う理由で、「神の教え」を変更すれば、篤い信仰心自体が崩れてしまうでしょう。
あるいは、時代の進展によって神様の決めた人間関係のあり方が、人倫の道・・・・結局は法の事ですが、変化していくものであるといえば、神様の有り難味が大幅に減少していきます。
こうして、どこでも宗教は、変化に対しての順応性が低いのです。
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