04/12/06

政教分離2(「理性的なものは現実的」2)

現実離れした迷信や伝統にこだわっている国民が多いのは、「現実」でしょうが、実際の生活は、その時代の現実に生きているのです。
数十年前に、ある子供の将来についてある女性と話し合ったことがありますが、その女性は
    「女の子は大学へやっても、どうせ家庭に入るだけだから・・・」
と言うのには、驚いてしまったことがあります。
そう言っている女性自身が、既に数十年の長きわたった経理のプロとして働いているのに、自分の子供のことになると、そう言う固定観念でものごとを決めようとするのです。
古い価値観の人が多いのは、現実を見る能力のない人が、多いだけでしょう。ですから、言っていることとは逆に、結果のほうは、現実的な良い結果を求めているのです。
今も、昔も、政治家は、現実世界の処理能力を、問われているのです。
政治の世界では、支持者を集めるために遺族会や宗教団体にいい顔をしたり、どこへ行っても神社仏閣におまいりしたりして、「皆さんと同じ心情です」と言うパフォ−マンスをします。
他方で、政治と言うのは、せっかく支持を受けて政権を取っても、結果が出なければ矢張り降板ですから、結果を出すことに必死になるのが政治です。
宗教心などに訴えて、一時的に人心を鼓舞出来ても、実際の政治処理はできません。
実際政治は、現実無視では結果を出せないのです。
現実的なことは、すなわちその時代状況からみて、合理的なものでしょう。
西洋のデカルト以来カント(の実践理性批判など)、ショウペンハウエルを経由して(デカンショウ節の語源です)、人間理性の研究が尽されてきました。
そうした哲学者の思惟の結果   
    「理性的なものは現実的であり、現実的なものは、理性的である」
と言うヘーゲルの有名な言葉が生まれたように思います。
学生時代に(すでに40年以上も前のことです。)何かの本で読みましたが、うろ覚えですので間違いかもしれません。
また最近、宇野重吉の息子が、主人公を演じている「博士の愛した数式」と言う映画をみましたが、この有名な言葉をもじったらしく、
     「完全な数式は美しい」
と言うような意味の言葉が、随所に出てきます。



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