04/10/06

宗教と土俗信仰の違い1

借り物の戒律中心の宗教のときは、単なるお勉強会的な要素のあった仏教・・・・南都六宗は、一種の学派程度でした。
これが、空海が密教を導入したことで、信仰と結びついた宗教として、日本に仏教が定着したことを、4月8日のコラムで書きましたが、その話からシフト表に進んでしまったので、書けなかった続きを、この辺で書いておきましょう。
元々世界宗教と土俗信仰の違いは、異界・超常現象・・非合理的な感情・思い込みに重きを置くか、秩序・戒律・・結果的に合理的になるでしょう・・・に重きを置くかの違いではないでしょうか?
世界宗教は、
     「市場が発達した社会で、その市場取り引きルールを決めるため・・守らせるために発達したものだ」
と言う私の考えを、03/26/06「商人と規制の親和性8(戒律・・・宗教の成立)」のコラム以下で、紹介しました。
この考えから言えば、世界宗教の存続基盤は市場参加者に共通の守られるべきルール制定ですが、市場参加者は大概部外者の参入を予定しています。
交易社会といっても、同一部族や隣接部族内の交易を予定したものではなく、はるばる遠くの特産品との交換を前提とするものであって、同じ地域の同じ部族で同じ物産品の交換では有りません。
現在日経新聞朝刊でテムジン(後のジンギスカン)を主人公とした連載小説が掲載中ですが、はるか彼方、すなわち同一部族や隣接部族どころか天文学的距離のある異世界からの特産品を求めて交易するものです。
要するに当時は、気候風土に産品は規定されていたので、全く違う世界からの到来物こそが交易商品だったのでです。
いつも書きますが、日本列島は狭いわりに南北に長いので、亜熱帯から北限の物まであって、この世界で完結できただけです。
天文学的距離から市場に参加する異民族ないし他所の部族に共通のルールにするためには、特定の土俗信仰を基礎にしたものでは、無理があります。
こうした需要によって生まれた世界宗教・・戒律は、本来異質の価値観を持つもの同士でも認め合える程度の最大公約数を見出したもの・・当時考えられる交易社会で通用する限度での合理的なものであったのです。
キリスト・ユダヤ教は地中海世界から西洋にかけ、イスラムは中央アジアからインド洋を経た東南アジアの海洋国家世界で、通用するルールだったのです。
そして儒学・儒教も、人の生き方・・・結局はルールを説くものであって、超常現象に対する信仰とは本来関係が有りません。



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