04/08/06

暦の機能(古代の法?)

またよけいな話になりましたが、わが国では治山治水用の暦や天文学が不要でしたので、一方では陰陽師方面で怪しい能力を発揮出来たのは、合理的・実証的結果が不要だったからでしょう。
実用方面では、花の開花予想程度の暦に切り替えて存続して来たのですが、これも明治維新以降の工業生産中心の味気のない近代社会では、影が薄くなってしまいました。
(要は、明治以降昭和の末までは、国民みんなが必死に生きる時代で、花を愛でるゆとりがなかっただけです。)
農業のための暦は、国民の関心から遠くなってしまったのと、これまで書いたように神棚に棚上げされている実体もあったことから、明治政府は王政復古とは言うものの、国家が暦を配らなくなりました。
もちろん漁業社会では、昔から大ざっぱな暦では全く役に立ちませんから、テンから問題にしていなかったでしょうから、暦は農業社会向けだったことも分かります。
しかし、企業では今でも年末にカレンダーを用意して配りますが、多分古来からの名残でしょう。
18年4月7日の2のコラムにも書きましたが、時間の管理は、支配者の最も好むところです。
時間を支配するということは、人を支配することになるので、支配者はいつも部下の時間管理、今どこで何をしているかの、情報確保に熱心です。
農業社会では、暦に従って一斉に国民のするべき農作業・仕事が決まってきます。
マイクや放送で一斉に「用意ドン」と言わなくとも、前もって暦を配っておけば、国民は一斉に行動するうまい仕掛けです。
一々支配者が声をからして「右側を歩けとか、停まれ」などと命令しなくとも信号機を守る法律を作れば、それに従って一斉に道を渡るのと同じで、今の法律みたいなものです。
暦は、法律の原始的なものだったのかもしれません。
聖徳太子の17条憲法の「和をもって尊しと為す」精神と同じで、そのころの日本では、大雑把な精神論程度が好きだったのです。
今の法律のように雁字搦めに「繁文縟礼」・・こまごまと決めるのには馴染めない国民性だったのでしょう。
こういう目で見れば、今の口語体の法律・・・例えば税法などは文章が長すぎて何がなんだかわからないことが多いですが、明治の漢文長の法律は簡潔です。
時代とともに、書く内容が増えて来たように思われます。



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