04/07/06

暦の役割(気象情報の比重の低下1)

わが国では、中国の3皇5帝の教訓に従って、治山治水が帝王の基本的責務であるかのような教育をしていますが、中国のような河港都市国家ではないので、洪水対策はそれほど必要がなかったことをこれまで書いて来ました。
律令制下では、弾上台の例で分かるように、「台」は元々各省とは、別格の機関であったのです。
ところが明治以降の制度の説明をしているうちに、気象「台」が省や庁の下部機関である各地の天文台程度に格下になってしまったことの説明から、08/14/05「台(気象台から気象庁へ)(天文学はあるのか?)」以下のコラムで、わが国では元々治山治水の伝統的感覚が関係なくて、その結果気象を扱う機関が次第に格下げになったのではないかと言う関心で書いて来ました。
その過程で農業社会と商業社会のちがいなどに、テーマが移り、これが横へ行き過ぎてしまい、何を書いていたか分からなくなって来たので、この辺でお浚いとなっている次第です。
農業・漁業社会の日本では、古代以来治山治水のためとしての天文学は殆ど意味がなかったのですが、農業用の気候情報の管理に切り替えて、存在意義を保って来たのでしょう。
役人と言うものは、常に何らかの仕事を見出すもので,このために一度出来た組織は簡単になくならないのです。
この一例として、10/29/03「相続分3(民法105)(配偶者相続分の変遷1)(ホワイトカラー層・団地族の誕生)」11/22/04 「彰義隊と羅卒・・・巡査・探索」などで、住宅公団の変遷の歴史を書いたことがあります。
中国のような治山治水には、関係が有りませんが、日本では気候変動が細かいので、古代には、朝廷が暦(こよみ)を毎年配るのが大きな仕事となっていました。
今でも桜前線などの作成に気象庁が、携わっているのは、その名残です。
実際、私の属する町内会の花見の日を決めるのに、この開花予想図が役員会で配られて、日程を予め決めたのですから、意外に役立っています。
暦を配るのは、この重要な役割にプラスして、うまく国民の時間支配をする道具だった面もあるでしょう。
暦には、単なる気候だけでなく、易による吉凶その他の各種行事が書かれていますので、まさに時間管理の道具だったでしょう。
これまで書いて来たように、白村江の会戦以降鎖国してみると敵は攻めてこなかったので、日本は外敵がなくなってしまったのですから、朝廷は人民を守る必要がなく、かと言って農業社会では命令する仕事も有りません。
こうした関係は、02/09/06「農業社会の政治権力6(武家の台頭1)」その他で、書いて来ました。
こうして大和朝廷の仕事は、人事と支配欲の貫徹だけでしたから、時間の管理は重要な仕事になったのです。



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