04/05/06
ライセンス生産の中国と日本の独自性2
こうした歴史がありますので、ブランド品でも、日本人はそのブランド品の中の最高級品・・・本当にいいものでないと買いません。
経済大国になる前から、舶来品は、安物が売れず、日本では最高級品の方から売れる国でした。
香港や中国圏では、どちらかというと同じブランド品の中の低級品を買う傾向が強いようです。
この国民性の違いが、中国での偽ブランドの盛行に繋がるのです。
(いつも言うことですが、大金持ちもいますので、当然のことながら最高級品もときには売れているでしょうし、日本でも偽ブランド品の需要もあるでしょうが、大方の傾向を言っているのです。)
これも昔・・というか香港へ行ったときに驚いたのですが、今から20年程前で、買い物ツアーが流行っていた時代でしたが、私たちは買い物する気はなかったのですが、薦められるままにエルメス製品を手にとって見ると、ニセモノかどうかは分りませんが、いずれにせよ日本で売られているものとは、生地や縫製のレベルがまるで違うのです。
これで、香港で買えば安いと言われる理由が分ったものです。
同じトヨタクラウンでもベンツでも何階級もの等級があるのと同じで、ブランド品にもその中でどこそこの縫製したものとか、どこそこの工場製はランクが高いなどの等級があるのです。
ライセンス生産に馴染んでいると低級品にも馴染みやすいですし、ブランド品と言っても自分たちが下請けでしょっちゅう作っているとなれば、海賊版でも同じではないかという気になりやすいでしょう。
贋ブランド品・海賊版が直ぐにはびこり、それが売れる社会の基礎がそこにあるのです。
日本では、注文生産といえば、いかにも実力のある職人が一つづつ注文に応じて手作りしているイメージですが、ここで言う注文生産というのは、発注者の言いなりの図柄で作る図式であって、注文にしたがって生産することをいい、現在で言えば、単なる下請け・ライセンス生産類似です。
中国ではこうした生産方式に古代から慣れているDNAがあるから、消費者も模倣品に抵抗がないのでしょう。
そのうえ、日本では一旦輸入しても時間をかけて発酵させて行く社会ですから、すべて自家薬篭中のものに出来る能力がついたのです。
思想でもそうですが、儒教と言って有り難がりますが、私の低レベルな理解では、元は実用的なもので、長い間に朱子などいろいろな学者が出て、それなりに研究発展しているのは認められますが、結局はどこにもいつの世にもいる(100年に一人くらいの)学者レベルに過ぎず、お釈迦様のように飛びぬけた哲理に至っていないように思うのですが、どうでしょうか?
(孔子様の崇拝者に怒られますかな?ここまで言い切れるのは、私の理解がその程度に浅いからだと言うことでご容赦ください。
仏教はインドから渡来し、西域から中国にはいり、それが日本に伝わったのですが、結局中国では通過しただけで、これも日本のように沈殿させて発酵させないまま終わってしまった印象です。
これはこれまで書いてきたように、商業主義社会あるい儒教的実利を基本とする中国の社会に仏教があまり合わなかった・・・あるいは仏教が適応し切れなかったからだとも言えるでしょうが・・・・・。
(勿論今でも有名寺院には、えらい人もいるでしょうが・・・・概ねの流れです)
じゃあ、日本の到達したものはどう言うものかと聞かれると、「・・・?」となる程度の理解ですが・・・・。
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