04/04/06
中国の独自性とは?5(土器から木製品へ)
03/08/06「農本主義から重商主義の政権へ(明治維新)1」前後のころからの関心であった、農業と商業の違い、商業と生産者の違い・・・ひいては商業資本家と産業資本家のテーマで書いて来ましたが、前回までで、ひとまず終わりにします。
09/02/05「中国の独自性とは?4(紙の発明)」のコラム以来、中国古代以来のライセンス生産の話から、横に飛んでしまっていたのですが、表記のテーマに戻ります。
殆どの方は、お忘れでしょうから、そのコラムの前後を読み直してください。
ここで、何故昨年から中断していたテーマの続きに戻るかと言うと、下書きが残っていたと言うことと、これまで書いて来た「物造り」に関係があるからです。
昔のライセンス生産や国際貿易の基本は、現在のように人件費が安いことが理由でなく、重要物品の原料である「土」と衣料の基本である「糸」の高級品である「絹」その他の資源の偏在によるものでした。
輸送手段が未発達ですから、資源のあるところで現地生産するしかなかったのです。
昔は土器といえば、すべての道具の基礎でしたから、今の鉄鋼資源や石油に匹敵したでしょう。
木材は、もっと昔からありましたが、いわゆる「曲げもの」が出来るようになるまでは、殆どの貯蔵道具は、土器に頼っていたのです。
曲げ物技術の開発が、皆さん時代劇などでお馴染みの桶や樽、その他の軽い容器を無限ともいえるバラエテイで生み出せるようになったのです。
海のシルクロードなどで、沈船から出てくる大きな甕などを見たことがあるでしょうが、昔は何でも土器で出来たカメに頼っていたのです。
軽くて、しかも割れにくい木材で出来た入れ物・・容器の発達するまでの運搬は想像以上に大変だったことが分かるでしょう。
桶や樽類の発明がどれだけ運搬や保存を楽にし、産業の発達に寄与したか知れませんが、殆どの方は、その有り難さを忘れてしまっているのです。
それ以前の土の重要性については、06/16/05「千葉の歴史28(千葉県人とは17)縄文土器と粘土 1」でも書きました。
重い土器中心の時代には、焼き物に適した土の取れる場所でしか、陶器や磁器を焼くことが出来なかったのです。
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