04/03/06

京都と再開発3(祇園の衰退?)点から面へ

政治経済の中心が東京に移って100年以上も経ち、(江戸開府から言えばすでに400年ですが、幕末に一時期活気を呈したのです。)遅れて文化の中心も東京に移っているのですから、和風高給料理店に対する地元の需要が低下していっているのでしょう。
過去の栄光を見に来る観光客目当ての産業としては、仏像や建造物は繰り返し作る需要がなくなった後でも、千年前に造った仏様の埃をときどきはたく程度で間に合います。
エジプトのピラミッドでも同じでしょう。
或いは、庭の手入れの費用がかかるとしても、総本山として各地から集まる上納金や、拝観料で産業として成り立っているのでしょうし、周りが近代住宅ばかりなっても、お寺の敷地が広いので、自分の敷地内さえ綺麗にしていれば、旧来の価値を何とか維持し続けられます。
これに比べて料理屋は自前の敷地が狭いので、自分ところだけ何とかなっても、周辺環境が破壊されるのを放置していると風情も何もあったものでは有りません。
両隣が、砂利敷きの鉄条網で囲われた空き地、廃物の積み上げた場所になった場合を想像してください。
(現在の祇園がそうなっていると言うのではなく、比ゆ的に書いているだけです。)
料理文化は、地元民による日常的需要がない状態では、存続に無理があるのでしょう。
京都の実力としては、高台院前路地のように観光客相手のお洒落な一寸した店程度を維持できるのがいいところでしょうか?
地元客が少なく観光客を中心に「高級料亭街」としての祇園を維持するには、顧客層の縮小にあわせて街区を縮小し、こじんまりとした粋な町に作りなおさない限り、祇園は衰退するしかないと言うところかもしれません。
(今は実力以上に、広がりすぎている感じです)
大きすぎて充分な手入れが出来ず、崩れた塀の補修も出来ない屋敷の場合、縮小して面積を5分の1にすれば、同じコストで、手入れの行き届いたまとまった庭園が出来るのと同じでしょう。
これからの自治体の都市計画づくりも、人口減・・老齢化が進むのですから、拡張ばかりでなく、縮小の哲学も必要ではないでしょうか。



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