04/03/06
京都と再開発2(祇園の衰退)
どこの町でも旧市街の空洞化対策が重要視されていますが、旧市街の繁栄を支えた、階層や需要が入れ替わってしまったときに、どうするかの視点が重要なのです。
見た目には、(外見)それほどでもないのですが、一歩塀の中に入ると、隙のないしつらえは「さすが伝統の力か!」と感心しましたが、文化の粋であるべき料理に限れば、今では京で食べねばならない程のものではなく、東京の方が進んでいる感じです。
しかし、価格だけは東京並に高いのは、ホテルでもどこでも(と言うのは語弊があります・安い居酒屋は東京並に安いのです。)同じでした。
ま、私の住んでいる千葉は何かと物価水準が低い、・・住みやすい所ですから、これと比較するのは無理がありますが、それにしても京都は価格とレベルのバランスがかなり悪い感じでした。
(ただしこれは観光地としての京都のことで、生活の場である近鉄沿線などは千葉同様に物価が安いのかも知れません。)
いまや、京の町は、日本文化の最先端ではないのですから、最先端のおいしいものを提供したとしても、東京並でしかないのは仕方がないでしょう。
それならば、周辺環境をいかにも京都らしく作って、これとセットで売り出して独自性を出してこそ、存在価値があるのであって、孤立した料理屋が、内部しつらえだけ高級にして、東京並に高くするのでは意味がないでしょう。
(500メートル先に有名寺院があると言うのでは意味がなく、料亭街自体をそぞろ歩きしたくなるような工夫がいるのです。)
祇園は食後散策する気分の町並ではないので、直ぐ車を呼んでもらって、ホテルへ帰りました。
点から点への動きでは、タクシー業界は潤うのでしょうが、これでは、長期的に見て、祇園の町に来る人が少なくなる一方になるでしょう。
私達夫婦は10年程前にも、祇園で一度食事したことがありましたが、このときもひどいものでした。
今度は少し変わっているかと思って千葉を出るまえに予約して行ったのですが、街全体がもっと悪くなっている感じで、これを最後にして、もう1度行きたくないと言う感じでした。
嵐山の渡月橋だけで絵になる訳でなく、周辺景観とのマッチが好まれているのですが、このことは清水の舞台と八坂の搭との一体感など同じことが言えるのです。
料亭も周辺環境が悪化するのに任せて、自分の塀の中だけ良くしているのでは、ジリ貧でしょう。
高台院付近の成功と比較してみると、そもそも、これからの京都は和食に特化した高給料理店が軒を連ねる町を維持するのは、無理な時代がきているのかもしれません。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
