04/03/06
京都と再開発1(高台院周辺の活気)
我が家の桜は、家を出る時に既にかなり開いていたのですが、京都の方では、まるっきり開いていなかったので、千葉の方が1週間ほど桜の開花が早いようです。
ま、桜の季節でもないし、新緑でもない、まるで旬はずれの京都もどんなものかな?と言う変な興味で行って来たのですが、予定通り花をめでると言う意味ではまるで駄目でした。
その代わり、桜がなくとも気に入った場所を選んでいきましたので、それはそれで、満足して帰ってきました。
桜がなくともあちこちの観光地では、それらしい人出があって、これが桜の季節であればどうなることかと言う思いで帰ってきました。
40年以上も前に行ったきりで、その後一回も行っていない宇治の方に足を伸ばしてみました。
そのころは、お金もなくて、勢田の唐橋のあたりから路線バスを乗り継いで宇治茶の畠の中をあっちに行ったりこっちに行ったりして、農家のおばさんたちの会話を聞きながら行った記憶だけが鮮明です。
今回行ってみると宇治の茶畑と言っても、ほんのちょっとあるだけで、一面の新興住宅地と言う形になっていて、日本中いずこも同じ風景でした。
これでは、本場の宇治茶を楽しむ気にもなりません。
平等院は、昔と違って、その周辺だけは整備され、内部には立派な資料館が出来ていました。
この平等院鳳凰堂の前で、前日青蓮院で会ったミネソタから来たと言うアメリカ人女性にまた出くわしたのには、驚きました。
その前日には、円山公園から高台院の周りまで、人力車に乗って車夫をしているキップの良いお兄ちゃんとの会話を楽しみましたが、その後、そのお兄ちゃんの説明に載せられて、高台院から八坂神社にかけて路地を歩いてみると、迷路遊びのように入り組んだ路地街が出来ていました。
それがきれいに垢抜けた感じに整備されていて、歩いている人みんなが嬉しそうでした。
嵯峨野も、元は細やかな自然豊かな道をのどかに歩くのが楽しくて人気が出たものでしたが、20年程前に行って見ると、高校生向きの安物のみやげ物店の羅列と人ごみで、まるで台無しになってしまっているのに驚いたものです。
それに比べれば、高台院前から八坂にかけての再開発と言うか路地利用は、各家の裏を流れていた水路を利用したもののようですが、自然利用と言うよりは、都会的センスで大人が楽しめる風情で、なかなか成功しているものでした。
ただ、京都で成功しているのは、(私が知っている限りですが・・・。)この一角だけで、その他も所々で街路整備をしていますが、どこの地方都市や、町でもやっているようなものです。
このままでは京都の魅力は、点で存在するお寺の見事な庭園や、芸術品ともいえる仏像その他の鑑賞のために点から点への移動だけになってしまい、町自体を訪ねる楽しみが薄れていくのではないかと言う印象です。
祇園の料理屋さんに予約しておいたので、高台院周辺を散策した後に夕刻訪ねてみたのですが、こちらは、有名なだけで、周りが殺風景な町並みでしかなく、どうにもならない感じでした。
町並み全体を作り替えないと祇園の町は、千葉の元の繁華街であった栄町が寂れてしまったように、そのうちなくなってしまいそうな感じでした。
千葉と比較するのは、おこがましいですが・・・、どこの町でも旧市街の活性化は同じ問題を抱えている筈です。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
