04/02/06
森の復活2(癒しの必要)
4月1日夜、家の裏の公園の桜を見に行くと、どういう訳か大きな枝が一本切り取られているのが目に付きました。
4月2日の花見の場で、自治会の有志の発案で、この伐採に抗議する署名簿が置かれ、瞬く間に署名が一杯集まりました。
今では、私だけでなくみんなが森の存在を望み、むやみに枝をきり払うのに反対していることが分かりました。
ついでに、報告しますと、懸念された雨は、無事御花見大会が終了するまで降りませんでした。
(大勢の住民に喜ばれましたが、朝からの準備には、慣れない事で疲れました・・・。)
いまどき、公邸の維持は不要ですが、だからと言って民間に売却しようとするのは短絡的です。
財政の健全化の本質は、支出の削減が本来であって、土地を切り売りしてその場しのぎをするのは、一種のごまかし(粉飾)であって邪道です。
私の近くでは、家を建てるには狭いようなホンのちょっとした空き地などが放置されていることが多いのですが、こういう土地を自治体などがチャンスのある都度購入して、樹を2本でも3本でも植えていければいいなと言うのが、私の希望です。
管理費用は、どうするのかと思う方がいるでしょうが、そう言う5坪10坪あるいは20坪の土地の管理を町内会・自治会などに任せれば、みんなで大事に草花を植えたり、散歩中の休憩場所につかったりいくらでもうまく利用するでしょう。
これを購入しないで放置すると、劣悪な狭苦しい家(と言えるかな?)が密集するようになってしまうのですが、これを後から立派な都市計画を作って立ち退かせるのは至難ですから、街づくりとしても最悪です。
これからの町づくりは、後にも書きますが、個人の家も重要ですが、それよりも環境・・面としてのレベルの高低が人気を左右しますので、面としての景観を軽視していると都市間競争に負けてしまうことになるでしょう。
ところが、自治体では、逆にせっかく持っている土地でもチャンスがあれば、売っていきたいと言う感じばかりで、理念がないように見えます。
これからは10坪でも20坪でも、こまごまと緑を増やしていき、(大きな公園よりも利用価値があるのです)住みやすい町にして欲しいものです。
話題が、また堅いことに行ってしまいましたが、桜に関する話題では、先週3泊4日で、京都へ行ってきました。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
