04/29/05

両家実家責任の再考2・保証契約の提案1

昭和40年代ころから、結婚式は派手・豪華になる一方でしたが、実家としての実質責任を果たせなくなってから、結婚式の外形だけを両家で盛大にやるようになっていたのです。
いつも言うように(06/18/04「男の沽券・面子3(恥の文化・・・菊と刀1)格式とメンツの違い」などのコラムで沽券や武士道で書きました。)実力がなくなれば形式にこだわる典型みたいなものです。
この種のこけおどし的披露宴は、ここ7〜8年下火になったようですが、形式にこだわることすら出来ない親が増えたのでしょうか?
それとも形式でさえも、責任を取りたくない親が増えたのでしょうか?
そう言えば、このころの披露宴に行くと仲人がいない形式が増えてきました。
実際2人の仲を取り持つわけでもなければ、何か揉め事があっても間に入って解決に努力することもないのですから、両家結婚式と言う形式よりも早くなくなっても良かったのかもしれません。
お雛様の段飾りみたいなもので、かたち上必要だっただけでしょうか?
ところで、何かあれば両家で責任を持ってやっていきましょうというのが、本来の両家合同の挙式・と引き続いたお披露目の意味ではないでしょうか?
その責任を回避したまま仰々しく「○○家△△家両家結婚式場」などと掲げて盛大な式典をやるのって、誇大広告そのものではないでしょうか?
都会への人口移動が大方終わって、大分前から都会人2世が結婚する時代ですから、戦後の価値観の大転換・人口移動や貨幣価値の大変動による年長者・実家の地位低下時代は収束したのです。
いつの世にも若者は経済力や経験に基づく知恵がないものですが、今や戦後の混乱期を脱して正常期に戻ったのですから、再び大人が責任を持つべき時代ではないでしょうか?
ここで言う期間とは、世代交代の期間ですので、結婚する若者の親が実力を持ち始めた世代としては、まだ、10年前後くらいでしょう。
そして意識はまた10〜20年遅れますので、これからというところだと私は思います。
長い人類の歴史でたまたま数十年実家や親が責任をもてなかっただけなのに、これに安住したままの今の大人はずるいのかもしれません。
ま、この世代は親の世話にならずに自分で人生を切り開き、熟年になると親の世話をして、サラにいつまでもしっかりしない子供(この点は個々人の子供の責任ではなく社会的に親世代の雇用を守るために若者の採用を長期間手控えている社会の責任です。)の年金まで面倒見るのに、自分の老後は子供の世話になれない世代ですから、割に合わないと言う気持ちも分ります。
それはともかくとして、こういう常識的な責任を回避する風潮が、賠償能力のない夫による無責任浮気を発生させ、泣き寝入りさせられる妻の方は、いつまでも離婚届に応じないと言う形骸化した夫婦を多くしているのです。



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