04/22/05

多様な婚姻制度11(近親婚禁止思想の由来3)

もしかして、最高裁の事例で、男女が入れ変わっていたらどうだったのでしょうか?
もしも最高裁の事例が、亡妻の連れ子の娘と亡妻の夫の関係だったらどうなったかと言う疑問です。
(東京地裁の事件では、最高裁の事件と違って、叔父と姪の関係で女性が下位の親等でしたので認められたのかもしれません。)
西域社会では、漢から嫁した公主の夫が死亡した後、その後を継いだ者(このときは孫でした)との婚姻を強制される習俗があったことは、11/10/03「相続税法 8(相続と世襲1)(民法111)」のコラムで、漢の烏孫公主の例で紹介しました。
この漢の烏孫公主の例では、まさに最高裁の事例と同じなのですから、わが国と西域諸国が同じ習俗であったとすれば、(わが国の言語は、ウラル・アルタイ語族であると昔いわれていたことからも分るように、西域ないし匈奴・・・後のモンゴルそしてわが国と意外に習俗が連なっているのです)民法の方が、わが国古来の習俗に反した実質違法な縛りをかけているに過ぎないとすらいえるのです。
わが国では、摂関家の外戚の連続や、姉妹で後宮に入る例はいくらもあります。
また、婿に来た義兄の妻・すなわち実の姉が死亡すると、小姑であった妻の妹が婿さんである義兄の妻になる習慣があったことについては、01/11/04「幕府の婚姻禁止の範囲3(同姓娶らず4)」のコラムで、俳人鈴木マサ女の例で紹介しました。(これは戦後のことだったと思います。)
嫁に来たところ、夫が死亡してその家に未婚の弟がいると未亡人になった嫁は、その弟と再婚させられる慣習もありました。
このように、習俗上は姻族間の近親婚はいろいろとあったのですが、裁判所の判断には表向き出てきませんが、男女差の意識底流にあるように思うのは、私だけでしょうか?
01/14/04「長恨歌2」のコラムで、玄宗皇帝が息子の嫁?を取り上げた事件も紹介しました。
この東京地裁(H16・6・22)の叔父姪関係の判例は、60年最判との整合性が問題となるのですが、この地裁事件は、女性のほうが年下ですので、戦前の価値観(特に男女差による差別意識も大きいでしょう。)に立脚したと思われる(勿論私の独断的感想です)最判であるからこそ、却ってオーケーになる可能性がありそうです。
東京地裁事件に対する上級審での結論がどうなるかは興味深いところです。
なお、上記最高裁判例は、民法734条違反であれば、(直系姻族婚禁止に反する非倫理性があり)実情は、一切問題にしないという硬直した判断のようですが、正確に見ると、「およそ将来においても、法律上有効な婚姻関係に入りうる余地のない内縁関係を・・・・・」と書いていますので、重婚的内縁の場合は、正式離婚の法的可能性があるので、除かれるようにも読めます。
流石は、芸が細かいですね。



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