04/22/05
多様な婚姻制度11(近親婚禁止思想の由来2)
わが国古代の天皇家の婚姻は、聖徳太子のころから天武、持統天皇その後にいたるまで、近親婚のオンパレードであることは、多分このコラムの読者レベルでは周知のことだと思います。
ところで、都合の悪い歴史を隠したがるのが政権の常ですが、近親婚に関しては逆にずっとおおっぴらにされているのです。
それどころか、子供向けの歴史漫画にまではっきり書かれているくらいばかりかで、どちらかといえば良いこととしてして、積極的なお勧め習俗とされているのです。
それだけでは飽き足らず、ワザワザ、遠い古代エジプトの近親婚まで紹介されているくらいで、わが国では暗黙裡に奨励されていると言ってもいいのです。
中国の反日教育が問題にされていますが、国を挙げての近親婚紹介の傾向は、反日教育よりももっと強烈・露骨と言ってもいいでしょう。
私自身、こうした漫画の影響下での考えに毒されていますので、逆に明治政府の決めた、窮屈な秩序は間違っているのではないかという関心から、(いつもお断りしていますが、独断偏見のコラムです)このコラムを書いています。
明治政府は、折角窮屈な秩序をつくったものの、習俗までは押さえ込めなかったばかりか、政府の息の掛かった教育者でさえも、取り込めなかったと言うところでしょうか?
国民の方は、明治政府の決めた窮屈な婚姻秩序を無視して、習俗優先できたのですが、戦後は、配給や各種社会保険制度の発達の所為で、住民登録や戸籍の整備が急速に進みました。
就職活動でさえ、住民登録がないと難しい時代になっていますし、マネーロンダリング防止のためと称して、銀行預金するにも(と言うことは携帯電話の所持にも)住民票が必要な時代で、社会の隅々まで窮屈な管理社会になっているのです。
この結果、今になって習俗と民法の乖離が問題になって浮上してきたともいえるでしょう。
こうなってくると、
「民法はどう決めてiても,自分には関係ない」
「習俗は別だからいいや」
と言うファジーな態度ではなく、民法と習俗の融合が必要な時代が来るのかもしれません。
話を上記学者の意見にもとずいた話に戻しますと、私は優生学的配慮から発達した近親婚禁止の法理からすれば、直系姻族の婚姻禁止は、遺伝上は何ら問題はないのですから、倫理違反性が叔父姪の関係よりも逆に弱いと思うのです。
本来は遺伝上の必要から生まれた近親婚禁止のタブーを、親子の擬制でしかない姻族間にも強制するのは、倫理的嫌悪感から出たというよりは、特定の政治目的に発すると言えるのではないでしょうか。
直系姻族の内縁のほうが甥・姪関係よりも近親婚禁止のタブー・倫理違反性が強いと言う観念は、天皇制を頂点とする家父長制国家思想に乗っかり、何事も親子関係を擬制し、強調したい戦前の価値感から生まれた特殊なものではないでしょうか?
また、それだけに何もかも親子を強力に擬制したい勢力から見れば、本当の親子よりも強く処罰したり倫理的非難をしなければ、制度が持たないと考えているのかもしれません。
(本当でないことほど、指摘されると顔を真っ赤にして強調したがるものです。)
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