04/16/05

夫婦別姓28(完・・・夫婦別氏の選択性)多様な婚姻制度6

戦前の朝鮮の創氏改名問題は、01/17/04「同姓娶らず7(創氏改名)」のコラムでも、少し紹介しましたが、このときの日本人の発想では、姓は変えられないとしても、日本が明治維新でやったように、朝鮮人や台湾人も氏を創設したらどうですか?という安易な考えだったのでしょう。
日本人は、物事にこだわりませんから、こうした解決が好きですが、台湾人と違って朝鮮人は、厳密なことが好きですから、恨みに思ったのかもしれません。
ところで、今回のコラム・シリーズの目的は「多様な婚姻を認めよう」の一環として、「氏も緩やかにしたらどうですか?」と言う例え話ですから、ここからが本題です。
と言うのは、夫婦別姓論者の主張と言うのは、「須らく別姓にしろ」と言うのではなく、「夫婦で選択を認めたらどうか」と言うだけのことです。
嫌なら同姓(正確には同氏)でも良いと言うのですから、何故、古来の淳風美俗に反するというのか反対論者の議論はわかりません。
厭な人は従来どおり同姓でやればいいと言うのに、反対論者は、実施=強制されるかのような言い回しです。
選択制にすれば、みんな別姓になると心配しているのでしょうが、それでは別氏論者が多数で反対論者が少数派であることを自白しているような主張です。
少数であろうがなかろうが、日本民族の淳風美俗を守るのは、自分しかいないと言う悲壮感なのでしょうか?
「敵は幾100万人と言えども、我行かん」とする「意気たるや良し」というところですが、これまで書いて来たように、その古来の習俗たるや、武家以上の古来の慣習は夫婦別氏でしたし、庶民の氏はうやむやではっきりしていなかったのです。
条約改正・・開放経済の必要から急遽、明治31年に現行民法を作るための「俄か仕立て」でしかないのです。
・・それも、もしかしたら、 3月26日・・・2 「夫婦別姓9(ナポレオン法典の影響)妻の無能力制度1と氏の統一」のコラムで紹介したように、国粋主義者の嫌うフランスの制度の物まねの可能性すらあるのです。
夫婦同氏こだわっている人は、どこかで笑われてしまいそうです。
民法制定時の、「民法栄えて国滅ぶ」と言って騒いだ、民法典論争は、06/04/03「民法制定当時の事情(民法典論争1)」以下のコラムで連載して紹介しました。
このときも、古来の淳風美俗を守れが合い言葉でした。
私は古来の習俗に反しようが反しまいが、折角結婚してくれるなら難しいことを言わずに、「やりたい人に一定の範囲内で好きなようにさせてやればいいのじゃないか」と言うのが基本的立場です。
言葉の乱れも良く問題になりますが、新しい言葉が出来てくる過程は、いつも乱れと受け止められるものです。
古いものの皮がはがれていくように、いつも新しく習俗が出来ていくものでしょうから、徐々に変わっていくのは、何もおかしな怪しからんことではありません。
夫婦別氏に反対する人は、「女姓がカードを持つのはけしからん」と言う意見なのでしょうか?



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