04/13/05
中国の開放経済4・・・「商道徳・社会意識の成熟」
中国の「漢承秦制の思想」の紹介をしているうちに、あまりのニュースの大きさにつられて常任理事国問題になってしまいましたが、元の解放経済の実質に戻しましょう。
中国は「漢承秦制の思想」等長年硬直した思想で来たために、外国の制度・文物の輸入に慣れていないばかりか、イザ、輸入となっても中国国民は思想のなだらかな変更に世界一不慣れな国民ではないでしょうか。
自分達が、世界の中華でないことが分ってから150年近くも経過しているのに、未だに中華思想にこだわって、国名まで恥かしげもなく「中華民国、中華人民共和国」と称しているのです。
国名や自分の名前に、こうした露骨な表記をする国があるでしょうか?
台湾は大陸から来た占領軍が中華民国と称しているだけで、もともとの台湾人は日本同様海洋民族で柔軟な民族性ですから、経済実態にあわせて柔軟に意識変革してこられたのでしょう。
しかし大陸の中国人は、骨の髄まで中華思想で染まっていますから、意識の変革は容易でない筈です。
他国の教科書の内容にまで、口出しをしたい国って、世界じゅうどこにあるでしょうか?
一旦商業主義となれば、国民の方は「金もうけのために何をしてもいい」。(例えば海賊版の横行など)みたいな方向へなだれ込みがちです。
日本は、明治維新で近代化して、はじめて中国や朝鮮を追い越したような感じを持つ人が多いのですが、実は後にも書きますが織豊政権時代からの豊富な金銀の採掘で、(アメリカのゴールドラッシュに匹敵する量でした。)世界的な大金持ちになり、先ず経済的に追い越していたのです。
このときの投資が生きた結果、その後日本社会はいろんな面で上昇基調になって幕末にかけてどんどん中国を追い越しつつあったのです。
約150年前にアヘン戦争でいきなり英国に追い越されたのではなく、その前からずっと追い越されていたのを気付かなかっただけなのと同様に、日清戦争で負けてから日本に追い越されたのではないのです。
わが国では、明治維新で初めて近代的な商道徳が生まれたのではなく、04/24/03「銀行とは? 1」のコラムで、江戸時代から為替取引などの近代商取引が独自に発達していたことも紹介しました。
江戸時代から着実に社会実質が上昇し、商道徳が発達して来たものなのですから、その経験差も大きな違いがあるでしょう。
4月10日以来紹介している中国人学者の研究は、自由化して政治体制を変えさえすれば、社会実質・法意識もすぐにも変わることを前提としているように見えますが(私の読みが浅いだけかも?)、約400年にわたる長いスパーンで考えると、「商道徳の意識変化・・又は社会の成熟には時間が掛かる」と言う視点が弱いように思われます。
今回の暴動騒ぎでは、1時的な経済力格差だけでなく、社会レベルの差が大きいなと感じた方が多いでしょう。
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