04/13/05
国連安保理事会常任理事国入りについて 3(名誉ある地位とは?)憲法107
私が子供のころは、戦前の一等国から4等国になってしまったと言う嘆き節を良く聞かされたものですが、国民の倦まずたゆまずの努力の成果で、次第に地位・評価を上げてきた結果、今ではどこの国も1目おいてくれるようになっているのです。
今でも形式的な地位は一般加盟国並ですが、もう27年程前からいわゆるサミットの創設時からの構成国(米英仏独日の5カ国でした)として、世界の重要問題の実質的な解決の場に参加しているのです。
この会議の参加国は、その後イタリヤ、カナダを加え、いわゆる先進七か国サミットとして定着しています。
ここ数年は、ロシヤもオブザーバーとしてやっと、その周辺に参加できるようになったところです。
中国に至っては、まだオブザーバーに招待されるかどうかと言う程度の国です。
昨日の夕刊では、韓国やイタリヤが世界各国に呼びかけて主催した反対集会が報道されていました。
韓国やイタリヤの反対したい気持ちはわかるような気がしますが、イタリヤとドイツの関係はわかるとしても、韓国に至っては何のために日本と張り合おうとしているのか理解に苦しむところです。
昔、遣唐使のころに、韓国の使節が、ニポンの使節よりも上位の席次を求めて争ったことが有名ですが、今や国力差が問題にならないこの時代になっても席次だけは気になるのでしょうか?
ちなみに、2004年の国連分担金の比率は、日本が19、46%、中国はわずか2%というもので、韓国はさらにその下位の1,79%です。
その他NGO・NPO・ODAなど国際協力の程度も多分似たような割合でしょうから、(両国は軍事費負担が大きいので民生協力はもっと少なくなるでしょう)彼らが日本と張り合って反対したいのは、実力が拮抗しているからではなく、歴史上の沽券にこだわっているとしかいえないでしょう。
実力を充分蓄えてきた日本は、この実質的な地位を公式にも認めてもらうべきだと言う動きでしょうし、実力差は認めるものの、これが公式化されるのはいやだという動きでしょうか。
01/04/02「外国人労働力の移入 1」以下のコラムで書いて来たように、政治家や官僚は、外国へ行ったときに大事にされたいのでしょうが、国民にとっては、自分の国が世界で何番目か、会議のときの席次がどうかは重要ではありません。
「常任理事国になれば、格好いい」
と言う子供みたいなことに、一喜一憂する必要はないと思うのです。
国民にとっては、一人一人がどれだけ豊かな(精神生活も含めた概念です)生活が出来るかどうかこそが、重要なのです。
勿論困っている国があれば、相応の手助けをしてやるのは人間として必要なことですが、その程度の役割を果たすには、形式的な地位を必要としません。
国家機関でさえなくとも、NPOで足りるし、かえってNPOの方が役に立つ可能性のほうが高い時代ですから、常任理事国でなければ人道支援などができないと言うことはあり得ません。
日本国憲法前文の
「・・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。・・・・・」
と言うのは、こういう意味で頑張りましょうというものであって、形式的な地位や覇権を期待したものではないのです。
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