04/08/05

専業主婦の時代4と教育ママ2(憲法106)法の下の平等

言うまでもなく、教育熱のバブル発生は、公式に言えば、戦後は身分・門地にかかわらず能力さえあれば出世できる社会になったことが大きいでしょうが、女性の時間的余裕・地位低下がこれに競合したという意見です。
憲法を見ておきましょう。

憲法(法のもとの平等)
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

「法の下に平等」とは、法の世界だけで平等なのかと思うと、後に続く言葉が「経済的又は社会的にも」となるのですから、何がなにやら分らなくなくなります。
要は西洋の「神の前に平等」と言う原理そのままの条文・・・「キリストの前」とか「神の前」というのではわが国民は誰も納得しませんので、「法の下に平等」となったのでしょうが、そうなると後の言葉との整合性がなくなるのです。
平等の意味も書くとなれば、結構難しいのですが、今回は別の関心で書いていますので、このくらいにしておきましょう。
ともかく戦後は、能力さえあれば出世できる時代が来たのです。
そうなれば、能力に磨きをかける競争になるのは当然です。
そのうえ、身分・門地の撤廃が、新たな基準として学歴社会を生み出したことも大きなきっかけになりました。
「憲法上公認された新たな身分」としての、学歴獲得に精出すことになったのです。
しかし、江戸時代までは、上級階級の子弟の教育は、藩校等の外に自宅での面倒はお爺さんやお父さんの役割だったように思います。
これが、核家族化と戦後の新しい政治思想、科学技術の教育者としてはおじいさんが脱落し、さらには企業戦士であった夫も時間的余裕の関係から矢張り脱落してしまいました。
勿論庶民には、家庭教育などは全くなく、ワンランク上の家庭に行儀見習に行くくらいでした。
そうした実態から、どう言う家庭教育を受けられるかが重要でしたので、何かと言うと「育ちが良いかどうか」が問題になるのです。
いずれにせよ、学校教育があるとは言え、それ以外の分野では妻・母親が次世代の教育を1手に負担するようになったのは、歴史上初めてのことですし、ちょっと重荷だったのではないでしょうか?
ところで、子育てばかりにウエートを置く妻と言うのは、何でしょうか?
女性は結婚すると、妻としてでなく母親としての役割が中心になっていったのです。
この点については、話が横へ行き過ぎますので、また別の機会に述べましょう。
ともかく、明治初期に家の経済の担い手だったところから、次第に役割が低下して行き、最後は殆どが専業主婦になって家事、育児に集中するようになってしまい、女性の実質的な地位の低下がさらに進んだのです。



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