04/04/05

都市労働者の増加と家父長制の矛盾3(厄介の社会化2)

女性の地位低下3昭和40年代末に我が家の近くに住んでいた地方出身の人は、「イザとなれば田舎に帰って農業でもするから・・・」と気楽なことを言っていましたが、意識というのは客観状況に遅れる見本みたいなもので、そんな時代になっても、まだ昭和恐慌以前の古い意識を持ち越しているのには驚いたものです。
「長男に従っていないと、イザというときに助けてもらえない」という恐怖感を植え付けて、弟妹の従属意識・・・・ひいては天皇を頂点とする家父長制への従属意識を強化していたのです。
家父長制の矛盾を逆手にとって「普段の行いが大切だ」と個人攻撃で誤魔化して、かえって個人を萎縮させ、お上に従順な国民を作り上げる効果があったのでしょう。
実際ふるさとに戻っても面倒見てくれないので、弟妹はよほどのことがないとふるさと、実家には戻らなかったのですが、そういう状態下で恐慌が発生してみると、矢張り面倒見切れなかったのです。
肝腎のときに長男・家督相続者はその機能を全く発揮できず、イザとなって見ると長男はもともと弟妹を見られない仕組みであることが白日の下に暴露・証明されたのです。
昭和初期には、政府のスローガンとは違って家督相続者は、実際に弟妹の面倒を見られない実態が明らかになっていたのです。
ここまで来れば、失業や疾病問題の結果生じる「厄介」は個人資質の問題ではなく、社会問題であることは誰の目にも明らかしたので、昭和恐慌後の社会の疲弊対策と戦時体制再編の必要が生じた政府は、民法、刑法学者に諮問しました。
戦争で負けたので家父長制がいきなり廃止になったのではなく、戦前から「失業や離婚などを家の受け皿に任せるのは無理だ」と言う立場から社会福祉政策の必要性が唱えられていたのです。
これに対し、家制度温存論者が、天皇を頂点とする家父長制家制度の崩壊に繋がるとして強力に反対していたのです。
諮問された民法学者は、家父長制・家督相続制度は弟妹の面倒を見られなくなっている実態・・機能していない・・・に合わせて、家制度、家父長制の廃止?方向(社会福祉政策のセット論に繋がるでしょう)の改正を提言したらしいのですが、家制度温存論者の反対で家制度の改正が葬られたらしいのです。
明治の家制度は、江戸時代後期の中堅農家をモデルにした制度であったと、03/30/05「夫婦別姓15(庶民の家4)氏の統一1」前後のコラムで書いて来ました。
明治民法は、幕末から明治初期に存在した一つの家制度をモデルに採用したに過ぎないのですから、明治維新という文字とおりに社会の大変革期に遭遇し、これを成功裏に変革してきた明治政府(大正、昭和)が明治初期の社会に妥当したに過ぎない家父長制度に固執するのは自己矛盾であったのです。
政府の都市労働者増加政策が、中堅農家を前提とする家制度の崩壊を早めていったのです。



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