04/03/05
厄介と介護の違い(厄介の社会化)
核家族化が進みますと、酔っ払いでも人の家に泊まるようなことが流行らなくなったことと、江戸時代の厄介という用語は流石に時間の経過で実質がなくなったので、最近では仮に人の家に1晩泊まるようなときでも、「お世話になります。」「お邪魔します」が常套句でしょうか?
災厄というほどのことでは、なくなったのでしょう。
「本来は相続権があるのだから」と大きな顔で家にいられた時代から、時代が下がってくると、家にいること自体が家の人に災厄と思われるようになって立場が次第に弱くなってきます。
行くところがなくて死ぬまで同居を続けなければならなかった江戸時代後期と、近くに来た以上は、親戚の家に泊まらざるをえなくて義理で一晩だけ泊めてもらう場合、あるいは子供同士が友人宅に泊めてもらう場合とでは、立場が変わって来たからでしょう。
話がさらに変わりますが、老人介護の介は、厄介の介とは少し意味が違って、本人が主体的に出来ることを手助けする意味でしょう。
同じ助けるという意味でも、目下の者が介添えとしてお助けするときに使う単語です。
もともと「・・・・の介(すけ)」という官名は、正官がいてその副官と言う意味で、助けてやるという優越的な意味はありません。
厄介の介と一緒にすると、不敬だとお叱りを受けますので気をつけましょう。
その上、老化による不都合の発生は生きている限り誰でもありますし、親のいない子供はいないのですから親の最期を見るのは偶然の災厄ではありません。
しかし、昔の親は病気すると直ぐにに死んだのですが、今は江戸時代の弟妹の同居と同じでいつ終わるのか分らないほど長いのが問題です。
何とかしない限り、死ぬまでの付き合いである点では、厄介の介と同じですから、嫁や肉親に任せ続ける限り災厄の一種に転化してしまったかも知れません。
これを「厄」介としないで、社会化し、介護と改めたのは現在の知恵だったと思います。
戦前農家の次三男問題も、実は家父長制で解決するか社会化するかの問題だったのです。
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