04/02/05
夫婦別姓21(子沢山と家父長制の矛盾1)厄介者
子沢山時代の到来が、女性の地位低下に与えた影響は大きかったでしょう。
江戸時代までは、一人っ子又はせいぜい2人〜3人までの出産でしたから、何か事があると、実家に帰れば大事にしてくれましたし、すぐ再婚の道があったのです。
これが、明治以降産めよ増やせよ、労働力、人口の多少こそが国力の基準という時代精神になりますと、一人で4〜5人の出産は当たり前となります。
子沢山時代になると、実家に帰っても親は迷惑がるばかりでいい顔してくれませんし、江戸時代のように再婚の道もなかったのです。
厄介者扱いですから、うっかり実家に帰れないのですから、婚家での地位も弱くなります。
実はこうした面でも、家父長制をとる実質が崩れていたのです。
ところで、「厄介」という単語の語源を、ご存知の方がいらっしゃるでしょうか?
厄介とは、今では「厄介者」とか言うように、「人様に迷惑をかける」又は「世話になる立場の者」を指しますが、江戸時代には同じ家にいる当主の傍系親族をおじさんおばさんという代わりに「厄介」と称していたのです。
勿論家を別にする傍系親族は、伯叔父母、小姑などと称していましたが、独身のまま家に残った場合に「厄介」と称していたのです。
牧野外の法制史の本を見ても、当時の親族法制の解説で、(214ページ)「傍系親では厄介とよばれ・・・・」と書いているだけで公式名称なのか、事実上の呼称なのか明らかではありません。
直系の家族や妻、婿さんから見れば、小姑や義弟、お父さんの兄弟姉妹などが家にいるのは、迷惑だったでしょうから、厄介と言ったのか、先に「厄介」と言う制度があって、現在の厄介者の語源になったのか気になるところです。
多分「厄」という語源からして、今のような居候を意味する言葉がストレートに発達するとは考え難いので、家から出て行かない弟妹がいるのは「滅多にない災厄」として受け止める風潮が「厄介」という呼称を生み出したと思われます。
弟妹が家に残るのは、滅多にない災難・災厄であったことは、次のコラムで紹介しますが、傍系親族が同居しているのは、家庭内いざこざの起こる元凶という意味で、介在の介を組み合わせたのでしょう。
こうして、家庭内の傍系親族を「厄介」と言い出して、それが今の用語法に定着したのではないでしょうか?
厄介という制度が先に出来て、厄介者(人様に迷惑な存在)という現在の用語が定着したというのが私の推論ですが、こうしたことは辞書に載っていませんので、いつものとおり私の思い付きです。
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