04/01/05

夫婦別姓19(形式と実質バランス論の危険性)氏の統一3

これまで書いて来たように明治の夫婦同氏制は、反動的力によって出来たというよりも、女性の実際的な役割の追認・既得権を守るのが原動力になり、それに反動的な男尊女卑思想系の人が便乗して出来た制度だったと言うのですから、今になれば想像し難く、分り難くなっているわけです。
まあ、政治と言うのはいつの時代にも、複雑な利害が錯綜して結果になって出てくるものです。
何故、今になるとこうした経過が分り難くなったかと言えば、このときから現代までの間にものすごいスピードで、女性の家庭内の地位が空洞化・低下・弱体化してきたのですが、我々現代人は、地位低下後の女性の姿しか知らないからではないでしょうか。
何故、今考えると女性に不利な夫婦同氏制度を、当時の女性が自ら求めたのかといえば、当時は男女5分5分でどちらが割りを食うという関係ではなかったからです。
江戸末から明治初期には自作農が中心の社会でしたので、縄文・弥生以来の農業その他の第1次産業では、その産業の担い手の中心は女性でしたから、形式的な地位は低くとも、事実上の立場が強かったので、女性としては気にしなかったのでしょう。
明治維新当時は、人口の5〜6%の武士等以外は全て農民などの第1次産業従事者だったのですから、大方の日本の女性の実質的地位の高さがどの程度であったかは、容易に想像がつくでしょう。
夫婦同氏制度は、男女の力関係が均衡していれば、どちらも場合によっては相手の家産を自由に使えるのですから、機会が平等ですし、その時々の力関係、どちらが優秀か働き者かによって実際上の管理者を決めていけばいいのですから、柔軟です。
しかし、権利関係をあやふやにした共同体ですと、力の強い者が得して声の小さなものが割りを食うことになります。
現在の氏の統一制度では、03/27/05「夫婦別姓10(別姓論の思考方法)憲法105と民法131・戸籍法1」で説明しましたが、男女どちらの氏であると法で決めているのではなく、話し合いで婚姻届のときに決めて出しなさいというだけですから本来は平等ですが、こうした曖昧な制度だと、立場の強い方の氏になりがちであることは結果が示しているのです。
同じように、明治のはじめには形式的地位は男が優位でも、実際の仕事は女性が担っていたのでバランスが取れていたのですが、一旦男女どちらかに力関係が傾きますと、弱いほうがいつも割を食う関係になってしまいます。
明治政府は元々武家思想の政権ですから、女性の柔軟な発想に乗じて、「実権があるのだからいいでしょう。」とばかりに、しこしこと形式制度を男性優位社会をつくりあげてきたのです。
しかし、形式的地位保持者と実質的能力保持者が、男女別に固定化すると内容実質が変わってくると危険なことになるのです。
庶民の家庭内の実質的能力のバランスの上に出来た氏の同一制度では、女性の地位は変化した実質に応じて、変容していきますが、形式的に優位な男性の地位は不変ですから、男性は相対的に優位になって行きます。
以下からのコラムで、明治以降女性の実質的地位低下がどのように進み、氏の同一化が次第に男姓優位社会の象徴に化していった経過を見て行きましょう。



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