04/25/04
過疎地とは?1
ところで世上過疎地と言いますし、4月22日のコラムで紹介しましたように、過疎地域自立促進特別措置法(平成 12年法律第15号)と言う、そのものずばりの法律まであります。
過疎地とは本来何でしょうか?
私は、過疎とは人が少な過ぎることだと思いますが、マスコミなどは、人とは関係ないかのように、国土の均衡ある発展などという表現をしていますね。
人が全くいないシベリヤのツンドラ地帯を過疎とは言わないでしょうし、日本国内でも同じでしょう。
富士山の天辺や北海道の原野まで、一定面積あたりの小学校や郵便局或いは公衆電話を設置する必要はないのです。
要するに半端に人が住んでいるときに、そこの人々の暮らしをどう守るかと言うことでしょう。
市場経済的考えを当てはめれば、住み易いところを求めて、人間が流動していくのだから、放置すればいいということになります。
現に過疎地の発生は、そうした人の流動化があるからこそ、もともと多くいた人がいなくなってきて過疎になるのであって、はじめから人の少ないところではなく、急激に少なくなった場所でこそ、過疎問題がおこるのです。
即ち、流動化すべきところで、流動化に適応できない人が残っている場合の問題です。
弱者救済・激変緩和措置と言うテーマです。
話が横に行きますが、我が国の政治家の活躍する場所と言えば、過疎地に限らず時代遅れの人や産業の救済目的の運動が多いですね。
都会地でも大規模店舗法に始まって最近では旧市街地の活性化などもそうです。
旧市街地の歩道をカラフルにする為の補助金とか、納税者から見れば、無駄使いとしか思えないようなことに税金を使いたがるのです。
過疎地に話を戻しますと、時代について行けない人のための産業となれば、政策は、本質的に安楽死目的にならざるを得ないのでしょう。
教育機関としても、人材養成・将来のためではなく、市民講座的な老人大学が中心になります。
過疎地と言う単語が公的に使われたのは、昭和42年の経済発展計画が最初のようですが、先ずは、法律の定義を見ましょう。
過疎地に関する法律そのものも、下記のとおり、10年ごとに順次「緊急措置法」から「振興特別措置法」へ、更には「活性化特別措置法」になり、最後には「自立促進特別措置法」(現行法です)へと改正ではなく、毎回別の法律が制定されています。
1・・昭和45年・・・・・・過疎地域対策緊急措置法
2・・昭和55年・・・・・・過疎地域振興特別措置法
3・・平成2年・・・・・・・・過疎地域活性化特別措置法
4・・・平成12年・・・・・・・過疎地域自立促進特別措置法
4回も改廃されていますが、共通の概念である「過疎地」について次回からみて見ましょう。
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