04/18/04
戦後の農業政策4(農振法と都市計画法1)
土地改良法は、耕地整理の目的・精神を引き継いだ上で、その費用や計画主体を国家・公共団体にすると言うものですから、考え方は、工事主体の変更が主な変更でしたので、目的が、土地の改良だけになってしまいます。
もちろん改良法等のコラムで紹介したように、耕地整理法では、単に「土地ノ農業上ノ利用ヲ増進スル目的ヲ以テ」としか、書いてなかったのに対し、改良法では「生産の増大等・・・・及び農業構造の改善に資することを目的とする。」と言うように少し幅が広がってはいます。
そうは言っても、法律の題名から分るように、「土地改良法}ですから、土地の改良目的に限られます。
土地改良法では政策幅が足りなくなったので、04/05/04「農地規制2(農地法4)」のコラムで、紹介した農地法の中に「農業振興地域の整備に関する法律」と言う覚えにくい法律が制定されるようになったのです。
この法律は、名前が長すぎるので、実務では、「農振法」と言っています。
農林水産部農地保全室の説明は、以下のとおりです。
「昭和30年代後半,日本は高度経済成長時代を迎えていました。
工業が発展し,交通網の整備等が進む一方,無秩序な農地のかい廃が行われたり,都市公害など農業にとって好ましくない問題が都市周辺部から農村部へ波及してくるようになりました。
このような状況から,集団的な優良農用地を主体とした農業地域を保全・形成し,効率の高い農業投資を計画的に行うための長期的な土地利用計画が必要であるとして,昭和44年に「農業振興地域の整備に関する法律」が制定されました。」
農水省の補助事業は、この地域指定を受けたところが殆どであるとも言われています。
また前回まで紹介している土地改良区域は当然のように農振地域に指定されているはずです。
そうすると法律がダブっているようですが、冒頭に書いているように、農振法は、土地改良だけが目的ではないので、もっと幅広い目的の補助金が出せると言うことでしょう。
昭和44年と言えば、その数年〜10年前から大都市近郊の虫食い住宅開発が社会問題となった時代です。
当時私は池袋に住んでいましたが、昭和30年代後半には、東武東上線沿線の乱開発で、水田地帯に5〜60戸の建て売り住宅がひしめいて分譲される姿が、川越え街道沿いに幾らも見受けたものです。
途中の道は、細く曲がりくねった昔の農道のままですし、下水がないとかいろいろな面で問題が発生していたのです。
このころまでに開発された練馬や世田谷その他都内の住宅街は、今でも昔の農道のままのところが多いですよ。
一旦密集して家が建ってしまうと、(神戸の大震災のような)よほどのことがないと、街区としての整理は出来ないものです。
建築基準法での規制で、1戸1戸の建築基準の審査をするだけではどうにもならないところに来ていた時代でした。
そこで、面として都市化をすすめるべき区域(市街化区域)と農村としての整備をすすめる区域(市街化調整区域)と、未指定地の3種類に大きく分類する都市計画法ができたのが43年ですから、農振法はその翌年の制定と言うことになります。
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