04/08/04
地租改正と売買自由化2(日本版囲い込み?・・・労働者の創出
税制の重要性については、古代に律令制が崩壊したのは、税を逃れるために、名望家に寄進していくのが流行った結果、荘園が発達したことを思い出せば良いでしょう。
こうして、轟々たる反対論の中政府は、財政難を理由に金納を強行します。
結果的に貨幣経済に親しんでいなかった地域や、零細農家はすぐにも税金が払えなくなって、近所の資金力のあるものに土地を売ることになります。
地租改正の結果、全国あちこちに大地主が生まれて、他方で土地を失った膨大な小作人や労働者=無産者が生まれました。
歴史の本では、地租改正と小作農転落の発生を自然現象のように書いていますが、反対運動も熾烈でしたから明治政府がその問題点を気付かなかったわけがありません。
私は地租改正と農地売買の自由化は、明治政府による、農民から農地を取り上げて都会へ、すなわち「労働者供給の為の意図的な絞りだし政策」ではなかったかと言う疑いでこのコラムを書いてるのです。
現在でも先端産業を興そうとすれば、先ず、アメリカや先進国、ないし先進地域で、修行して来て、技術を身につけてから創業するものです。(今の金融取り引きなど)
日本国内でも、麺類について西国で修行して、奥州白石で始めた例もありますが、すべて人材が先行するものなのです。
欧米の産業を日本でいきなりやろうとした場合、指導者はお雇い外国人で良いとしても労働者まで輸入するわけにはいきません。
みなさんは、労働者と言えば、現在の大手企業の設備完備した工場での労働者を想像するでしょうが、当時これから発展させようとしていた労働は、現在の現場労働「3K」よりももっと過酷な奴隷労働類似のものでした。
要するに、欧米の製鉄所を導入したり、炭坑を掘ろうとしても、これまでは、例えば佐渡の金山でも罪人が労働力の中心だったことからも分るように、炭田の採掘をしようにもそうした悪環境で働く労働者がいなかったのです。
現在や高度成長期の炭坑は、かなり近代的ですが、その少し前の鉱山の採掘現場は、小さな子供や女子しか入れないような細い穴を這って奥に進むような想像を絶する過酷なものでした。
不平士族が失業しているからと言って、いきなり労働者になれとは言えませんし、(それこそ沽券が許さないでしょう)町人も不向きです。
こうした過酷な仕事にたえられる候補者としては、農民出身者しか考えられなかったでしょう。
しかし、農民は遊んでいたのではなくそれぞれに仕事がありますので、一旦失業者にしなければ、労働者にはなりません。
イギリスでは、どうやって農民を労働者にしたかを勉強してみた結果・・・・特別な勉強をしなくとも、当時イギリス人が多く来ていましたし、イギリスの囲い込み運動は有名なことですから、話の端々に聞くことは可能だったでしょう。
要するに農民から農地を取り上げて、農業をやれなくすれば良いんだと気がついたのだと思います。
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