04/27/03
銀行とは?4(農協的問屋機能の衰退、1)
私は昭和50年代の半ば過ぎ頃に、事務所訪問する若手銀行員に対して、「これからは銀行は先がないんじゃないか?」などと失礼なことを言って困らせていました。
私は、その頃から銀行の存在意義が失われつつあったと考えていました。
その頃我々素人でも、銀行に預けるよりも、証券会社から、公社債投資信託などを購入すると、年利10数%の配当利回りが普通でした。
「そう言う状態で銀行に預ける人がいるのかな?」と言う疑問から始って、銀行が大衆から小口資金を預かって大きくして株式や公社債等を買う1種の問屋的機能の存在意義に疑問を感じたからです。
メーカーが大量生産したものを、何軒かの一次問屋が仕入れて、それを順次小口化して行くのが、本来の流通であるとすれば、(地球上のあらゆるものが、微生物その他の働きで分解され、吸収されています。)銀行が小額資金を集めて大きくして、機関投資家になるのは、自然界とは逆の機能と言えますが一種の問屋的機能と言っても良いかも知れませんね。
同じような機能の業態には、農業と農協の集荷関係、分散は青果市場などが有ります。
貨幣では銀行と証券市場の関係でしょうか?
農協は農家から集めた農産物を少しでも高く売れる場を求めてあちこちの市場を選択して、出荷時期を調整したりして市場にまとめて出荷します。
他方、銀行は個々人から小口資金を集めて企業に融資したり、証券市場で有利に運用するところは農協に似ていますね。
他方自然界では、極限まで微細化された栄養素を吸収して全く別種の大きな動植物が形成されています。
あるいは、地球規模の火山活動などによって、大きな岩石が形成されたりもします。
おきあみを食べた鯨は、単におきあみを固めて大きくしたものでは有りません。
トマトを沢山食べた人間がトマトの親分になる訳では有りません。
樹木も地中の栄養を吸収して大きくなるのですが、出来上がったものは全く別物です。
農協の集荷機能が、農協や市場を通さない直接取り引きの発達で、農協や市場取り引きが停滞しているようになって久しいですが、銀行も、これまでのように融資またはこれに類する単純な(お金を右左に動かして利鞘を稼ぐ)機関投資家「的」機能にとどまっていると、銀行も中抜きによって先行き細るばかりだと言うのが、その頃の私の考えでした。
「投資家的」と「投資家」との違いは後に書きますが、もしも、銀行が集めた資金で全く新しいものを創造し、自然界における動植物と同様の機能を果たすようになれば素晴らしいですね。
差し当たり、以下のコラムで銀行が現状のままでは、存在意義が減少しつつ有る点を論じて、銀行関連コラムの最後に、証券化と関連して将来の展望(動植物的な機能)を書いてみたいと思います。
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