04/05/02

民主政治とファッショ  

政治的敵対者を倒すのに、相手の犯罪行為を暴くのは、昔から行われて来た事で、取り立てて問題とする事ではないかもしれません。 しかし、今回の辻元議員および田中真紀子議員に対する疑惑騒動に、不快感・恐怖感を感じている人が多いのは、何故でしょうか? 共通する事は、お二人とも果敢に既得権益に挑戦していた事であり、問題とされている事は、いずれも、国民の目から見て殆どの代議士がやっている、または有る時期までは、やっていたであろうと思われる事でした。 ところが、権力者に不都合な立場になった途端、見せしめのように週刊誌によって、暴露されています。(鈴木宗男氏に関しても、外務省の都合で、丸秘文書が次々出るのもおかしな事です。) スターリンの粛清、その他歴史上、すべての粛清は、時の権力者によって法令違反の衣をまとって実行されて来たのです。 法律違反が許されない事は、言うまでも有りません。 また、他の人もやってるのに、何故私だけが?という言い訳も通 用しません。 しかし、この一般論は、今回のように、特定の人間を狙い撃ちするのでなく、交通 違反のように、人を限定せず、特定の場所・時間に、取締をしている時に妥当する考え方で有ると思います。 付け狙っていた警察に偶然を装って、検挙される事が有るかも知れませんが、今回のようにあからさまな狙い撃ちには、殆どの国民が、恐怖感を感じるのではないでしょうか? しかも代議士一年生の時に、当時の業界(?)の常識のように、行われていた事を先輩から、アドバイスされて、実行し、その後こうした慣行は許されないと言う事から、すみやかに止めていたと言うのに、権力に楯突いた途端に、3年も前の事が問題にされるのは、法治国家の衣を着たファッショの疑いが濃厚です。 叩けば、ホコリの出るのが当たり前と言われる政治家が、狙い撃ちされたのでは、たまりません。 こうした事を防ぐ為には、政治家たる者、常在戦場の心構えで、敵に一分の隙も見せない事が必要と言えば簡単です。 ところが、普通に生きていると殆どの人が何らかの法に触れるように、ガンジ搦めに規制されている事が問題です。 オーム真理教の騒ぎの時、教団関係者が、マンションの駐車場に車を乗り入れた途端、住居侵入罪の現行犯で逮捕された事を、思い出して下さい。 私達も、狭い道で、車を避ける為に、ちょっと他人の敷地に足を踏み入れる事がよく有ります。 或いは空いている駐車場などで、車の方向転換をさせて貰う人もよく見かけます。 ちょっとした一時停止違反、歩行者の信号無視。こんな事を、いちいち治安警察みたいな者に付け回される時代が、復活するのでしょうか? こうした時代の再来を防ぐために、ガンジ搦めの法律の簡略化を期待するのは、100年河清を待つのと同じでしょう。 民主主義国家では、政治家は政策で争って、国民の審判を仰ぐべきでしょう。 それなのに、政敵を、政策と無関係な手段で追い落とす事しかできない権力者は、次の選挙で、国民の厳粛な審判を受ける事になって欲しいものです。




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