03/13/08

政策責任者の資格10(宗教の役割1)

哲学者が惻隠の心や仁慈など古代に成立した観念を、現在流にいくら具体的に頭の中で考えて応用しても、実際政治は多種多様な組み合わせですから、これを福祉現場、金融現場その他で実践をしている人にはかないません。

右翼や哲学者の基準では、石原氏のように、「倒産しそうな企業は可哀想だから、どしどし融資してやりましょう」という程度の片道の政策判断しか利かないのです。

そんな単純な判断で政治をやられたのでは、国民がかないません。

そのようなことをすれば、その副作用と言うか波及効果がどうなるかなどの目配りが必要です。

この問題は、後に日銀総裁人事の続きで法学部出身者が、何時までも経済政策を牛耳っている弊害として書きますが、同種の問題です。

佛教が知識の源泉としての役割を終えたように、わが国では儒教もホンの僅かの期間でその役割を終えたのです。

儒学は、江戸中期以降の経済発展に対応するものではなかったのです。

どこかで書いたと思いますが、儒教成立時・・紀元前には、まだ産業政策がなかったので、政治の中心的関心は、出世と失脚を含めた人事抗争・・跡目争いも同じ範疇・・ですから、儒教はこの人事の秩序・紛争解決のルールを定めたものと言えるでしょう。

君臣主従の秩序・・・・これを普及させるためには、長幼の序、親子の関係・・孝行も強調されるし、個人は個人としてこの範疇内の生き方が良しとされ、他方で君主には仁慈が強調されるのです。

仏教との違いは、庶民にいたるまで地位ごとに人間関係のあり方がマニアル本の如く定められていた点が、進んでいたのです。

個人個人のモラルとしては、それぞれが、分際を守ると言う生き方です。

分際については、以前帝国憲法草案審議に際して、06/09/03「臣民と国民との違い2(臣民分際論)」以下で森有礼の主張として紹介したことがあります。

元禄の綱吉は、自ら家臣に講義していたくらいの熱心な儒教信奉者でしたから、仁慈の精神が嵩じてお犬様になるのです。

しかし官僚組織のよるべき範・・人事秩序中心の道徳として作られた儒教道徳では、民間で自由に発想して動き回る経済活動に対応する倫理・ルールとするにはマルデ不向きなのです。

こうして、綱吉は社会実態に合わなくなった時代遅れの儒教にしがみつくからドンキホーテ同様に直ぐにも破綻してしまい、犬公方として名を残しているのです。

仁慈・・あるいは惻隠の情の強調だけで、経済政策を運営できるわけがないのです。

以上見てきたように、近代以降は、経済政策の巧拙が民の幸不幸に大きな影響を与えるのですから、為政者が経済を重視するべきは当然ですし、これを知らずに江戸時代初期まで妥当していた儒教道徳にこだわっているのは、時代遅れというべきです。

いずれにせよ江戸時代以降では、改革と名がつく政治はすべて経済政策ですし、各藩の名君と言われる藩主のすべてが、藩の財政改革に成功した人ばかりです。

 



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