03/12/08
政策責任者の資格7(新銀行東京)
もしも経済などは、俗な人間のやることで、それにはお構いなしに、競争だけがいけないと言うなら、無責任な論というべきです。
彼自身ある程度競争を勝ち抜いて、現在どこかの教授になっているのです。
もしも競争に勝ち抜いていくのがいけない・・敗者が可哀想そうだと言う意見どおりでいいならば、彼自身学者になるために幾多の競争をへて来た過程で、その都度競争相手に自分が席を譲れれば良かったはずです。
直木賞、芥川賞その他、文芸の世界でも常に他の候補者との競争で成り立っているのです。
宗教家でも、その内部では一種の出世競争があって、内部身分秩序が出来ているのです。
この世の中に、競争を回避して成り立つ分野はないのです。
競争原理をどの程度導入するか、競争のルールを公平化するにはどうすべきか、競争の結果生まれる敗者の処遇をどうするか?と言う具体的な政策がいつも問われているのに、「惻隠の情が失われた」と言うだけではどうにもならないでしょう。
結局「日本民族は偉大ナリ!」と言う愛国心・・独りよがりを吹き込んでいるだけです。
彼は数学者と言うのですが、数学的合理性から離れた文学者の精神で書いているのでしょう。
似たような例で、最近の話題では、石原都知事の設立した新銀行東京の経営破たん?追加出資問題でしょう。
右翼であることが取り柄の彼が、士族の商法ならぬ銀行経営など始めるから無理があるのです。
経済は経済の専門家に任すべきです。
元々融資のプロである銀行が貸すのは危ないとして貸し渋っていた焦げ付き予備軍に対し、惻隠の情に訴えて、経済原理に反した貸付機関を設立したこと自体で、今日の結果は見えていた筈です。
貸し渋りに対するマスコミの批判記事に対して、私は、10/21/02「会社更生法と日本経済3(金融機関の倒産 2)」その他で当時から反対の意見を表明してきたのですが、その咎めがでたのです。
ま、ここで言いたいのは、右翼で作家の石原氏が「惻隠の情」で中小企業救済のためにやるといったかどうか知りませんが、経済活動に口出しする能力などないと言うことです。
石原氏の惻隠の心の?方針で出来た銀行は、彼の方針通りにどこの銀行も貸したがらないところに積極的に融資すれば、焦げ付きが続発するのが当然です。
今回の大赤字は、上記のとおり設立当初から分かっていたはずですから、今さら任せていた経営陣の責任だけあげつらって責任転嫁する報告をするのは潔くない・・右翼の大物らしくないでしょう
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