03/10/08

政策責任者の資格4

この問題は、吉宗や松平定信と水野忠邦の改革と田沼政治との比較で、12/12/05「律令体制の崩壊(安史の乱の原因)」その他で書いたことがありますので、参照してください。

文学者や歴史家は今でもそうした経済を無視した感覚で歴史小説を書きますので、「奢侈に流れたので王朝を滅ぼした」と言う記述が何らの疑問も無く書き続けられます。

田沼政治に対しても、こうした文脈で書いているいる小説家が殆どと言ってもいいでしょう。

もっとも、奢侈に流れる・・消費の盛り上がりだけでは、文化熟成には役立つでしょうが、投資の起爆剤としては続かないので、お金を使い切ったらおしまいです。

これが、わが国の歴史でみると、綱吉の元禄文化でしょうし、吉宗の享保の改革に対抗した尾張の宗春による奢侈政策でしょう。

現在では、サブプライム問題やバブルの根源でしょう。

ですから、世上消費の盛り上がりを期待する向きがありますが、一定の消費増は民生の向上ですからいいことですが、これが投資の誘発効果のない値上がり・・インフレだけになれば却ってマイナスなのです

元禄文化や尾張の奢侈は、投資の起爆剤としての意識がなく行われたので、単なる贅沢に終わって、結局は藩財政を破綻させたのです。

でもここまで来れば、無意識にせよケインズ的投資乗数の考えに・・行き着くのは目前です。

この思想を一歩進めたのが、吉宗のあとを継いだ田沼による重商主義と積極政治だったでしょう。

彼の政策はまさにケインズ流で、印旛沼の干拓事業など投資的経費に積極的に資金を投入していくのです。

今で言えば、片道1時間以上かかっていた道路に変わって高速道路工事をして、20分で行けるようにしたら、生産効率が上がるのと同じで、当時は産業としては農業しかなかったので、干拓によって、農地拡大を目指したのです。

田沼意次は1786年に失脚ですから、ケインズよりは約150年も早い彼の思想は世界的に顕彰されるべきでしょうが、以後質素倹約を重視する定信など守旧派に取って代わられてから、物語でも悪役でしか出てこなくなりました。

文学者などは、いつも時の政府の意向に合わせると言うか、迎合主義ですからセイゼイその程度のレベルで、小説や映画しか見ない庶民を政府の思うとおりに誘導するのです。

元禄以降、儒教道徳の教養だけで経済を取り仕切るのは無理が出ていたのですが、一種の反動派である定信以降そのまま儒教道徳に引き戻してしまったのです。

 



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