03/07/07

ケインズ経済学1と公共投資1

わが国では、明治以降資本不足解消のために勤倹貯蓄を勧めて郵貯を始め、そこに吸い上げられた資金をまとめて殖産興業に傾斜配分してきたのは、この原理の利用でした。

この構図は戦後も変らず日本では貯蓄や銀行預金ばかりで、資本的投資をする個人が育たなかった・・あるいは意図的に育てず、何時までも官僚が資金配分権を握っていたのです。

ただし、投資者ばかりで、消費者がいない・・貯金ばかりで消費が減少するのでは、投資された企業が設備投資をして生産増に踏み切れないでしょうから、消費と投資は車の両輪です。

ただし、これも今やグローバル時代と言うよりは、明治時代からそうですが・・・国民は貧しいままでも輸出で稼ぐ方法もありますから、一国内だけでの均衡を考える必要はないのです。

わが国の株式市場が、ここ20年ばかり振るわないのは、明治から戦後までと違い投資すべき資本は充分国内に蓄積されているのですが、(ご承知のように個人の貯蓄総額は1400兆円とも言われます)国内需要向きには、企業設備は飽和状態であって、投資されても製鉄所も自動車その他殆どの産業でこれ以上の増産余地がないからです。

後は輸出にかけるしかないのですが、輸出も黒字ばかり溜め込むのでは限度がありますから、国民が国内企業の株式や債券を買わずに、海外投資中心になるのは、最終需要との関係で仕方がないでしょう。

ただし、海外輸出も含めて需要がなければ投資しても仕方がないとは言っても、設備投資が、起爆剤になって、設備投資する企業への納入業者の売り上げ増になり、(工場用地取得の場合には、地主の収入増になります)そこで働く人の収入も引き上げて(失業者が減り、残業代が増えるなど)結果的に消費の活発化につながることもありますから、一概に言えません。

消費・需要が飽和状態と言うのは、その収入水準での消費が飽和状態と言うだけであって、収入が増えれば、支出を押さえていたワンランク上の分野の支出が増えるなど、いろんな分野で消費が増えるのです。

問題は投資された企業が、国内で製造設備などの増強をせずに、その資金で海外投資する傾向があるからです。

キャピタルゲインの時代その他で連載しましたが、国内での製造をさらに増加するのは既に限界点に来ているからです。

これでは、経済誘発効果と言う意味では、投資家が直接海外企業に投資するのと結果はあまり変らないでしょう。

宮沢内閣だったか、宮沢大蔵大臣のときだったか忘れましたが、景気対策上、増税または国債発行増して国民からお金を吸い上げて、公共投資を増やすという政策を取ったことがありました。

資金が海外に流れないように・・国内で無理に使いたかったからでしょう。

と言うことは、不要な支出しかないのですから、無駄遣いに終わったのは当然です。

 



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