03/06/08

市場原理4と功利主義

ところで、02/29/08「西洋近代哲学の発展2(神の死)」まで書いてきた認識論・存在論が交互にやってくる西洋の哲学論争は、いわゆる大陸の観念論であってイギリスの経験論ではありません。

上記コラムだったかで、私の感想を書きましたが、いわゆる神学論争は何のためにやってきたのか不明(いつも書きますが、私には分からないと言うだけです)・・いわゆる観念の遊びでした。

これまで、01/03/07「世界宗教と平和1(イスラム・キリスト教的平和1)商業神1」前後で連載してきましたが、そもそもキリスト教は地中海世界の商業神として始まったのに、アルプスとピレネーを越えて西洋農業国へ広がってしまい、暇を持て余したからではないでしょうか?

イギリスは、市民革命や産業革命の先駆者ですが、フランスやドイツに比べてそれほどキリスト的価値観が浸透していなかったので、観念的思惟が発達せず、「神が死んだ」と騒ぐほどのことはなかったのでしょう。

イギリスのキリスト教の浸透度については、10/19/06「衡平法裁判所 4(コンモンローとの競合)」その他宗教改革のシリーズでかなり書きました。

イギリスでは、その結果、現実的な段階的議論・・経験論が発達し、スムーズに近代化できたのでしょう。

ルネッサンスの影響は、イギリスでは、観念論ではなく功利主義哲学として花開くのです。

イギリスの功利主義哲学についても、04/21/06「功利主義5とルネッサンスの時差2(イギリスの合理主義)」前後で紹介しました。

その結果、神の見えざる手・・市場主義という一種の相対哲学(認識論でもないようですが?・・・)が、現在社会思想を風靡しているのです。

ただし、最大多数の最大幸福を図る・・功利主義哲学は、大量的・統計的処理の問題で、個々の人間の苦悩を解決する教理ではありません。

あるいは、個々人が功利的に行動するとして、これを観察し、罪刑法定主義などが発達したのですが、個々人の苦悩を解明する哲学ではありません。

より多くの人が経済的に恵まれている方が、全体として困っている人・・精神的苦悩者が結果的に減るのは確かですが、経済政策でいくら頑張っても、経済だけで見ても勝者いれば敗者もいるのは理の当然です。

まして経済外の要因・・失恋・学業不振、夫婦関係、その他人間関係の悪さその他の原因で苦悩を抱く人もいくらもいるのですから、経済政策の成功は精神的苦悩者の主な要因・・貧者を少なくできるというだけです。

英米では、このコアとして存在する少数の落伍者に対するケアーをどのようにすべきだと考えているのでしょうか?

 



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