03/06/08

イギリスの経験論1と市場原理3

韓国の歴代大統領が、経済政策でうまく行かなくなると反日宣伝を強調するようになるのは、こうしたことを現しているのです。

韓国前大統領は、韓国内で史上最低の大統領と酷評されていましたが、その分反日宣伝がきつかったのです。

どこかに書いてきたと思いますが、愛国心などにこだわる政治家は、本来の政策能力に欠けていることを自白しているようなものですから、政治家が愛国心を煽るようなことを言い出したら、それだけで政治家失格なのです。

ところで、どのように為政者が努力しても、人生に競争がある限り、恋愛に敗れる、大学入試に挫折したり病魔に冒されるなど、人生に挫折はつき物です。

その結果、一定率で残る敗者の精神的苦痛の緩和をはかるには、どうすればいいでしょうか?

こうして見れば、古来からの宗教は、どうにもならない絶望的な人の数が多ければ多いほどその吸収装置として機能して、存在意義が拡大し、政治安定が続けば縮小していく歴史だったともいえます。

わが国では、「自分は無宗教だ」と言う人が多数を占めているのは、民族的に特殊と言うのではなく、戦後は経済の拡大が続いていたから幸せな人が多くノー天気で来られたと言うだけのことではないでしょうか?

低成長時代に入った平成以降は、そうも行きませんから、経済学者・経済界の踏ん張りだけに任せずに、宗教や思想界・・文学界も本腰を入れてガンバッテ貰う必要があるでしょう。

ところで、この市場競争によって何事も決めて行くと言う原理は、言うまでもなくアダム・スミスの国富論(1776年)以来の伝統・・英米流の方式です。

しかし、前回まで書いてきたことからも分かるように、自由競争・・市場原理に任せるとみんなが幸せと言い切れるのは、右肩上がり景気の良い社会・・世界全体で言えば貿易強者であってこそ採用できる論理です。

アダムスミ氏の国富論(1776年)は、イギリスが世界に先がけた産業革命によって最強者になったばかりのときに世界中に開国・自由貿易を求める思想的基礎・・大義名分として生まれたものといえるでしょう。

(これは、いつものとおり私の独断偏見的解釈です)

明治維新当時わが国では、これを弱肉強食の時代と表現しましたが、市場原理・自由競争社会の本質を言い得ているのです。

20世紀以降イギリスからアメリカへ主導権は移っても・・現在もアングロ・アメリカンの時代が続いているからこそ、市場原理主義が世界中で普遍的価値として流通しているのかもしれません。

 



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