03/02/08

保護行政と受身の時代2

キリスト教の「求めよ、さらば与えられん!」「門をたたけ、さらば開かれん」

と言う時代は、とっくに終わっているのです。

まして、「狭き門から力を尽くして入れ」などと期待するのは、土台無理でしょう。

このころは、行政処分に対する不服申し立てについても、その決定書に必ず、「この処分に不服がある場合には・・」と必ず不服申し立て方法の説明がつく時代です。

10年くらい前までは、そういう手続きができるかどうかは、自分で法律を調べる仕組みでした。

あと10年もすると、不服申立書のひな型も決定書にくっつけて配布すべきだと言うことになるかもしれません。

このような甘え構造になってきた・・受身人間ばかりがはびこるのは、子供のころからテレビ付けの生活習慣がそうさせたのでしょうか?

いずれにせよ、要求ばかりと言うよりは、要求すらしないで、「教えてくれないのが悪い」と言う風潮では、宗教界も門をたたく人・・念仏を唱える人を待っていたのでは、わざわざ来てくれません。

テレビ漬けで育った世代を相手にするには、宗教と言えどもコマーシャルで積極的勧誘し、テレフォンガールによる勧誘電話の掛けマクリをするくらいの必要があるかもしれません。

この点、一時期いわゆる霊感商法で世間を騒がせた・・高額な壷などの売りつけ被害救済・・被害救済が、我々弁護士活動との接点でした・・・某宗教活動は積極的な信者獲得活動で知られていますが、現在の受身社会にマッチしていたと言うことでしょうか?

ついでに言いますと、現在の独身率の上昇も、この受身志向と大きな関係があるように思いますが、いかがでしょうか?

オーム真理教事件では、テレビ画像に巧みにもぐりこませるサブリミナル効果を利用していたことが問題になりましたが、宗教界もそれなりの手立てを考えないと真の社会の落ちこぼれを掬い上げきれない時代が来ているのです。

これまでは困った人がいるとどこからともなく、この手の人が聞きつけて近寄って来て信者仲間に誘って入信させるのが普通でしたが、・・現在もそうでしょうが、人間関係が希薄になってくると、困っている人がいるかどうかの情報すら殆どありません。そのうえ、プライバシーに敏感と言うかハリネズミのように自己防衛心が強くなってきて、友達にも言わないし、自分の心の中にしまいこむ、一家で言えば家の中にしまいこむことが多いので、掬い上げ切れない人が増えているのです。

かと言って、自分で何とかしようとする意欲が乏しく、困った人が自分から進んで、観音堂にこもって願を掛ける時代ではありません。

こう言う人のために、「南無妙法蓮華経とか、南無阿弥陀仏と唱えさえすればいいよ」と言う宗教がでてきたのですが、現在では、それすらする智慧・・意欲もないのです。

ただ、何もしないで家にいてぼやあっと困っているだけ・・幼児化が進んでいるのです。

 



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