03/01/08

長寿化と時代不適合の増加(受身の時代)

現在では、核家族化をとおり越して独身・孤独所帯が大流行ですが、かと言って各人の意志が強くなった訳ではないのです。

コンビニで何でも買えるし、便利な家電製品が一杯あって、一人でも物質的に間に合う・・生活に困らなくなっただけでしょう。

虎のように強いから一人でいるのではなく、人間は太古以来、道具を手にするまでは、最も弱い動物でしたし、道具を手に入れてからでも、長い間集団でなければ猛獣と戦えませんでした。

その結果最近まで、何ごとも集団行動が普通だったのです。

まして、わが国のように、手間隙掛ける稲作農業社会では、粗放農業や牧畜系農業社会に比べて、高濃度な人間関係が続いてきました。

これがこの僅か40年前後の間に、個食の時代が来たのですから、精神がついていけない人が出てくるのは当然です。

この間に寿命が短縮されれば、いろんな意味で合理的だったのですが、逆に長寿化して寿命サイクルが伸びてしまったので、なおさら、適応力が落ちてしまったのです。

現在のように変化の早い時代には、寿命はを短縮し、短い人生を凝縮し、濃厚に生きるべきするべきだと言うのが私の持論で、08/11/04「寿命と適応力2(職業訓練)」その他で書いてきました。

寿命の短縮に成功すれば、いろんな社会変化に対する世代交代よる抵抗力も増しますし、勿論現在の年金その他の社会保障費の増額問題も解決ですし、日本の国は活気が出て、将来はばら色でしょう。

40前後で死ぬ社会システムになれば、例外的に長生きする人には長寿を寿げば良いのです。

子供も可愛いだけで終わりですから、育てる苦労も大したことがないでしょう。

長寿化がいろんな問題を引き起こしているのですが、今では念仏を唱えろと言うだけでは弱いのです。

観音信仰ではなく、積極的な救済してくれる仏様・・阿弥陀仏が必要になったように、今では黙って寝ていても、「どうしたの?」とあちらから声をかけくれるほど積極的に救済してくれる神様・仏様が要請されているのです。

私の依頼者で、自分で遺産分割調停をやっていて、うまく行かないので私のところに来た人の言い分ですが、

「自分たちは素人なのだから裁判所は素人に不利にならないように、(肩入れして?)積極的に説明してくれるべきだ」

と繰り返し不満を述べています。

一見自分で裁判する人だから積極的な人のようですが、その基本精神は、政府や公共団体は、自分が求めなくとも国民が迷わないように積極的に教えに来るべきだと言う感じです。

 



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