03/26/07
国家の品格3(象徴=代表2)憲法206
終身制でしかも世襲制(選挙の洗礼を受けない)天皇が、時々刻々に変わる国民精神・・トレンドをそのまま体現することは不可能でしょう。
せいぜい、5〜10年のスパーンで変わる国民性よりは、50年〜100年あるいは数百年単位の国民性を象徴するとしか言いようがないでしょう。
もしも50年〜100〜数百年単位で見た国民性の象徴となれば、将来百年先の見通しなど誰も出来ないので、過去の平均値の象徴にならざるを得ないでしょう。
そうなると、過去100年あるいは数百年の平均である過去100年くらい前の日本人の国民性を象徴することになるしかないでしょうから、良く言えば日本の伝統の体現・・悪く言えば、時代遅れこそ身上になってしまいます。
時代遅れの日本人を眼前に見せられても、世界中の人にとっても意味がないのですから、何のための象徴かと言うことになります。
今でも、日本と言えばちょん髷で着物を着たた人がいると思う外国人がいるようですが、そのような誤解を生みかねません。
数百年前の化石のような文化は、歌舞伎や能・あるいは過去の生活様式・・皇居での古式ゆかしい儀式のように、劇場あるいは博物館で展覧すればいいのであって、生身の人間が数百年前の生活をし、数百年年前の顔をしていなくてもいいでしょう。
それも、何故天皇に限って、過去の日本人を象徴できるのかとなると保障の限りではないので、結局この象徴天皇の規定はとってつけたような無理があるような気がします。
戦後、天皇制を残すために何か役割が必要であるとして、象徴性が考え出されたものでしょう。
しかし、天皇制はそれ自体に存在意義があったために残ったのであって、無理に国民の象徴と規定し法で強制する必要がないのではないでしょうか?
国民がその時々に、「これこそが日本の象徴である」と思う事柄や人はいろいろあるでしょう。
政治家に限らず、スポーツや芸人の活躍に象徴を見出す人もいるでしょう・・例えば千代の富士の活躍したころの大相撲を日本文化の象徴と思う人もいたでしょうが、今の朝昇竜関を日本文化の代表として誇りに思っている人は、少ないのではないでしょうか?
このように同じものでも、時間軸の経過で代表するものが変わって行くし、流行歌やベストセラーなどは文字どおり数年毎に移ろっていくものです。
考え方も人さまざまなのですから、この種の問題を憲法で固定的にきめておく必要がないでしょう。
ことは文化意識の問題ですから、思想信条の自由との兼ね合いから言っても、憲法や法律で強制するのは無理があるのです。
世界中の憲法を見ていませんが、選挙で選ばれる大統領や総理あるいは国旗が象徴と決めている国があるかも知れませんが、誰が国家の象徴であるなどと決めている国があるのでしょうか?
憲法学?では元首は誰かが議論されますが、法的な国家の代表権能は総理にあって天皇にないことは明らかです。
「元首」などと言う熟語自体大時代がかっていますから、今では代表者は誰かと言う平易な議論にすべきでしょう。
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