03/24/07
過剰与信社会5(リスクのアンバランス4)
次に、売り手=貸し手と借り手・消費者側の精神的負担のバランス問題を考えてみましょう。
今でも、借りた方の精神的負担リスクは、デフォルトすれば昔ながらの家庭破綻から、夜逃げ、自殺や犯罪に走るまで、極度に追い詰められる点は、殆ど変わらないのです。
これに対して、売り手・与信側の精神的負担は合理化されて分散されて、殆どないに等しくなっていて、借り手の精神的負担とバランスが取れていないのが問題です。
お金の貸主・・債権者が個人的に貸しているときには、貸したお金が戻らないと死活問題でしたから、必死に請求しますし、取り立ても厳しくなります。
このころまでは、借りた方が返せないリスクと貸した方の回収出来ないリスクは、必死さの点でバランスが取れていたのです。
サラ金業界が始った昭和50年代初めころは、まだ個人的な業者が多かったこともあって、回収の成否が死活的問題の時代でしたから、問題もたくさん起きたのです。
これは、貸金に限らず売掛金の関係でも同じで、零細企業の場合には、下請け仕事して月末になって払ってくれないと、今度は自分の首が廻らなくなってしまうので、大変です。
それで、回収に必死になるのですが、大手企業になると焦げ付きが発生しても統計的事務処理の問題に転嫁していけるので、それほどの必死さが有りません。
(担当者の成績と言う間接的な関係にとどまるのです。)
サラ金業界も淘汰が進み、今は大手だけが生き残っていますので、焦げ付きリスクと言っても統計的処理の問題でしかなく、金融業関係の回収担当者は、事務処理的発想で回収業務をしているだけです。
回収担当者の意識は、なお歩留まり向上・・プラスアルファ程度の意識だけですから、個人的貸主と違って、命懸けのような必死のところがないのです。
まして殆どの会社では債権回収部門と融資担当者の分離が進んでいますので、回収担当者には、自分の売った客・・あるいは融資した客だから何とかしなくてはと言う意識も有りません。
借りている方(消費者)が払えなくなったときの精神的負担の大きさ・重さに比べれば、何ら精神的負担がないに等しいのです。
債務者(元はと言えば物販の買主です)にとっては、デフォルトは死ぬような大事件(中には自殺する人も結構います)であるのに対し、売主は契約成立と同時に現金を手に入れて、無関係となっているのは、03/21/07・・・3「割賦販売法1(抗弁権の接続1)」に書いたとおりです。
そして・・回収しなければならない金融業者の方も、リスクの分散技術が発達していて、ルーティンワークの事務処理でしかないと言う片面的な関係となっているのです。
他方、借主・・すなわち消費者の方は、銀行ローンや車の月賦を払わないと大変なことになるという必死の気持ちで、サラ金やヤミ金から借りてでも頑張ります。
結局債務者向けの経済的リスク分散システムが整備されていないことが、犯罪やサラ金地獄〜ヤミ金地獄へはまり込む原因なのです。
前回書いたように、保険があればこの面でも気楽になれるでしょう。
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