03/20/07
質素倹約から大量消費へ2(与信社会1)
しかし、まだ一方では、お金を溜めてから物を買うと言う意識が牢固としてありましたし、借金生活に入ることに対して、道徳的にためらっている庶民が普通でした。
それまでは、質素倹約が美徳とされ、食料品は別としてそれ以外の不要・贅沢品を借金してまで買うなどは許されない反道徳的なこととして意識され・・教育されていた社会でした。
こうした人々に、「お金がないなら借りて買えばいいじゃない」かと言うところまで、教育しなおすのは、戦後天皇主権から国民主権に価値観が変ったのと同じくらいの大きな転換だったでしょう。
お金を借りる勇気を与え、質素倹約思想の大幅な転換を図る必要から、借金生活が悪いことではないと合理化するために、借金の名分を与える必要が生まれてきました。
このころから「子孫に美田を残さず」と言う西郷さんの生き方が、賞賛されるような文章が増えて来たように思われます。
こうして徐々にいろんなものの購入で、後払い方式の買い物に庶民がなれてきた後に、出現したのが住宅ローン形式によるマイホーム販売でしょう。
この借金生活に理論的を裏づけを与えたのは、以前紹介した建設国債の考え方でしょう。
現金が溜まってから家を建てると言う旧来の考えですと、一生かかってお金をためて人生の終わりころにやっと家が建つ勘定です。
家を立てて、やっと新築の家に住めたと思ったら直ぐに死んでしまうのに比べて、生きているうちにローンを払いながらでも自分で使い切る(老後になればローンも終わる代わりに家も老朽化しています)のは、一応合理的です。
こうした考え方は、01/17/07「紙幣と国債1(建設国債)」のコラムで紹介しましたが、住宅ローンの考えは建設国債の発行に際して政府が説明しているのと同じです。
ここで、「一応合理的」と言うのは、次世代に順次資産を残していくか、自分の時代に使い切るかの思想転換の問題だからです。
林業や農地の土の管理など見れば分かりますが、これまでの生き方は、何世代にもわたって、順次美田や美林に仕上げて行くものでした。
この生き方の変更は、それ自体大きな思想の変更・・稼ぐ都度使ってしまう・・刹那主義への移行ですから、ここで簡単に良いか悪いか論じられません。
ともかく、このような思想転換などと言う大袈裟な意識がなく、経済弱者の気持ちを利用して多くの商品を売りたい産業界の意を受けた気の効いた人が言い出しただけの話でしょう。
しかし、本音が借金の勧めでしかないのですから、直ぐにも国家のほうは赤字国債の発行にのめり込んで行きますし,個人も長期利用できる固定資産の購入だけでなく、その場で使い切るサービス分野まで借金でまかなうことになって行くのです。
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