03/18/07
サラ金は何故排撃されるか?1(サラ金が必要な社会1)
こうして公的担保融資を受けた人も、サラ金同様に一定期間の借入〜返済・借り増しの繰り返しを経て、最後は破産申立てとなるのが普通です。
彼ら生活苦で借りた人たちは、借りてからも老化が進む一方・・収入が減少するばかりですから、元金だけでも、毎月返せるわけがないので、世上「貸して貰う」と言いますが、文字通り
「貰わなければ(棒引きでなければ)」
無理なのです。
ところで、サラ金の高金利が批判されますが、平成18年12月15日・・・・・2「年金担保融資の弊害7(生活保護費の独立行政法人への還流2)」のコラムで書きましたが、彼等は元々生活費が足りなくて借りているのですから、高金利かどうかの問題では有りません。
刑事罰金利を20%〜18%さらには15%に下げていって、最後は金利ゼロにして元金だけにしてくれても、その分年金から天引きされるとその分だけ、次からいよいよ生活が苦しくなるので、次にはどこから借りなければ生活出来なくなるのです。サラ金だけではなく、独立行政法人からの借金であれ、相手が誰であっても生活費が足りなくて借りたら、来月も同じ収入ですから返せなくなるのは同じです。
何故サラ金だけが非難されて、禁止されるのかという疑問です。
西洋の_真似ではないでしょうが、ユダヤ排撃のように、ここ数十年にわたって何故かサラ金攻撃がきついですが、政府の老人対策や弱者対策の無策を誤魔化すために、サラ金を悪玉に仕立て上げて、(ユダヤ排撃と同じ原理です)国民の目をそらしているだけではないでしょうか。
お金に困らなければ借りる人も出ない訳で、サラ金が問題ではなく、高利でも借りねばならない人が大勢いる社会になっていることが問題なのです。
そこの解決が難しいので、「高利で貸すサラ金が悪い」と言う大合唱になっているだけではないでしょうか。
社会の貧富差が、仮にピラミッド型あるいはビヤ樽型の構成になっているとした場合、いつの時代にも平均以下の底辺層には膨大な数の人々がいる筈です。
それでも、昔の底辺の人々は、みんな清貧?に甘んじていたので、問題が生じなかったのですが、庶民も分相応の生活をせずに・・清貧に甘んじなくなったのです。
その大きな原因は、マスコミが発達して庶民大衆の欲望を刺激し、煽り、他方でクレジット社会の進展で、お金(手持ち現金)がなくとも物やサービスが簡単に買える社会になったことにあるでしょう。
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