03/11/07

高齢者の生きがい9(社会の受け皿8)

最低賃金法は、一定の賃金以下で雇ってはいけない法律ですが、(雇えと強制は出来ません)生活保障で解決すべき分野にも拘らず、市場経済で決まるべき賃金に強制的に介入しようとしているから、半人前の人を企業が却って雇わなくなってしまうのです。
市場実勢・・労働の対価と関係ない生活保護基準以上に賃金を引き上げるとなれば、いよいよ企業は、高齢者や身障者や不器用な人の雇用を尻込みするでしょう。
労働の対価以上の賃金を強制した結果、働く意欲のある半人前や十分の1の能力の人が無職になって全額生活被保護者になるよりは、その人の能力に応じて、生活保護基準の半分でも十分の一の賃金でも雇用してもらい、もしもそれでは生活出来ない人がいたら、不足分だけ生活保障した方が良いのです。
国家経済にもプラスですし、本人の精神衛生上も何ぼか良いのです。
給与は、働きに応じたもの・・労働の対価であるべきであって、補助の対象にすべきでは有りません。
会社内で老人の出来そうな仕事・・・お茶を入れ歩くとか、ビルの前の誰も手入れしないままになっている植え込みの手入れをするとか、花壇の整備をするとか何か自分で見つけるでしょうし、若い人が、みんなで仕事を見つけてやるのも、思いやりというものでしょう。
そう言えば、私のところでは、もう大分前の話しですが、妻の母(10数年前に亡くなりましたが・・)が遊びに来やすいように、遊びに来ればお婆ちゃんの好きな仕事を一杯用意していました。
私は、台所仕事やその他の家事をするのは好きですが、おばあちゃんが来ると私が手を出さないように、お任せしていたものです。
妻の母は、元々働き者でしたから、現役主婦のように役に立つのが嬉しくて、嬉々としてあちこちを片付けたり御茶碗を洗ったりしていたのを、つい最近のように思い出します。
社会全体で工夫すれば、高齢者もその能力に応じてやれる仕事は、結構あるものです。
ただし、ある程度年齢が進むと、いくら工夫しても逆に面倒見るほうが多くなる・・・賃金を払うどころではなくなるかも知れませんが、「来るだけ邪魔」という状態になれば、一定期間補助金で会社に出てもらうとしても、本人も分かりますから、その時点で身を引くでしょう。
そこから先は、まさに本来の意味の「老後」であって、写経したり、あの世に旅立つ心の準備期間となるべきでしょう。
今はまだまだ健康で「老後」でもないのに、無理に「老後」の仲間入りをさせるから、社会的・・精神的に無理があるのです。
高齢者については、働く義務はないとしても働きたいだけ働かせてやりたいものです。
普通の善良な人間にとっては、何の役にも立たない慰みのものを作ったり教養講座に通っているよりも、社会・・人の役に立つほどうれしいものは有りません。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資