03/04/07
高齢者の生きがい2(社会の受け皿1)
このように、高齢者問題は、年金よりは高齢者(今で言えば、60台から70代前半ころまで)が高齢者の能力を活かして働ける、生きがいのある仕事創設こそが、求められているのです。
高齢者が若者と同じ土俵で競うのではなく、高齢者の智恵を使った社会参加・貢献のあり方を各人が模索する必要があるのですが、個人の努力に任せるだけでは無理ですから、社会の方でも、その受け皿を作るべきでしょう。
企業内で言えば、若いときから年齢上昇に連れて、行動力よりも判断力を問われる管理職・・・初級の主任から始って中間〜上級管理職への変化・・ステップアップが用意されています。
ところが、定年退職になると、天下りできる人は別として、そこまで行かない人は、退職と同時にこれまでの上昇連鎖がいきなりぶち切られてしまいます。
再就職しようとすると現場労働みたいな下層労働しかないのですから、これでは肉体的・精神的(プライドがキズつけられる)にも、無理があるでしょう。
今の社会システムでは、現役のときから最下層で働いてきた人だけが、従来どおりの職種に就けるだけで、(その代わり、高令化すると仕事がなくなりますが・・・)それ以外は、大幅な社会的地位の転落が待っているのです。
それまでの管理職的仕事を修正延長した・誇りの持てる職種の受け皿づくりが必要です。
以前は、退職後も弁護士会の事務局長の仕事などに就ける人は恵まれていましたし、またそういう人以外には、あまり長生きしなかったので、問題が少なかったのです。
しかし、庶民や無茶苦茶やって来た人でも、覚せい剤の打ちすぎで具合が悪くなっても、救急車で病院に運ばれて手厚い医療を受けられる時代には、エリートだけでなく平凡な人も同じく長生きするのです。
実は寿命が伸びたと言っても、孔子、孟子あるいはアリストテレスなど古代から偉い人は結構長生きだったことを、01/01/03「お正月を迎えて」のコラムで紹介しました。
栄養や保健衛生状態の悪かったうえに、無茶苦茶な生活をしていた庶民の寿命が延びたことが、高齢化・長寿社会の本質です。
このような保健・医療体制にする以上は、庶民も長生きするのは、ずっと前から分かっていたのですから、政府は、それ相応の受け入れ態勢を整備して行く必要があったのです。
現在の高齢化問題は、年金の破綻など経済問題ばかり騒がれていますが、実は、国家経済的には、これまでの長年の貿易黒字による蓄積があるので何とかなる筈ですが、高齢者の受け皿(精神面)についてはお金の蓄積だけではどうにもなりません。
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