03/04/07

高齢者の生きがい1(高齢者の生活技術2)

60才〜70才になっても、若者に混じってスポーツや英会話など努力している姿も立派ですが、そんな無駄なこと・非効率なことに時間をかけるよりも、60台には60台、70台には70台の年齢に応じた時間をかけるべきテーマがあるのではないかということです。
定年で暇になったから、学生時代にやりたかったが出来なかったことを始める人もいますが、これなども結局は、若者時代の夢を追いかけているだけで、年齢相応の生き方・・・高齢者向きの新たな生き方が分からず先祖帰りしているだけです。
昔は、一定の年になると出家したり写経して「来し方の人生」を見つめなおすとか、時代が下ると隠居して、俳句や茶の湯あるいは都都逸などにいそしむなど、いろんな生活パターンが用意されていました。
隠居後に始めた伊能忠敬の地図測量も、その一種かも知れません。
ただし、隠居とか出家とか言うのは、比較的に恵まれた特殊階層に限られていたのですが、今は庶民までみんな長生きする時代です。
庶民大衆の高齢者の生きがいを、どうするかが現在問われているのです。
あるいは、昔と違って現役引退後死亡までの期間が長すぎるので、死後の世界へ向けての心の準備と言っても、間延びしてしまうのが問題です。
冥土の土産としての海外旅行に何回も行って飽きても、お遍路さんを終わっても、写経が終わっても、まだまだ元気で死ねないのですから、60半ばから旧来型の高齢者の生き方を真似するのでは無理があるでしょう。
そこで、いわゆる老後が長過ぎるならば、老後生活に入るのを少しでも遅くするしかないと言うのが、こここ10年以上前から一般化している大方の生き方・・智恵でしょうか。
そのための健康管理は必要ですが、若者に伍して行くと言う発想でいくら頑張っても、若者に叶うわけがないので、そうした生き方では若者がが1流で、高齢者は2流の人材となってしまいます。
これでは、高齢者の尊厳(と言うと大袈裟ですが、要はプライドです)が守れません。
同じ考え方で女性の社会参加に関して、02/07/05「女性解放運動と性意識の重要性(性意識のミスマッチ3)」で書いたことがあります。
女性は男性と同じ仕事が出来るから価値があると言う主張の仕方ですと、結局は(たまたまの例外を除いて)殆どの女性は2流の男性の地位しか獲得出来なくなります。
女性は男性と同じ土俵で勝負すべきではなく、子育てや美的センス、家の経営など別の仕事を出来る点を公正に評価するべきだと言うのが私の考えです。



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