03/30/06
法の支配と被支配6(英米法とイスラム3)
これが昔は世界的に強制できる武力・・超国家権力としては期待薄でしたので、悪いこと・・・秩序違反です・・・をすれば、どうなるか?が難問でした。
人の命の軽い時代には、最高の刑である死刑も大して効き目がないので、現世の処罰を諦めて、あの世に行けば、地獄に落ちると言う教え・・脅しを教える宗教の力に頼ったのです。
他方で極楽浄土の思想も、その対として必要だったでしょう。
この宗教の力の及ばない世界・・異教徒を悪魔の如く恐れ、忌み嫌い、異教徒に対しては何をしてもよという発想は、どうせ異教徒はこちらのルールを守らないのだから、こちらだけが自分の作ったルールを守っても仕方がない・・・守る必要がないと言う相互無法の精神だったのです。
今は、「あの世は怖いぞ!」と言う脅しだけでは、物事が進みませんし、実際に抽象的な善悪の規準でなく、証券金融等の先端取引では微細な規則が必要なのです。
こうして宗教では、具体的なものごとの基準としては役に立たなくなって来たので、宗教が衰えて、法の支配が進んだのです。
かと言って、一部大国の意のままに法が出来ると言うのも困ります。
最先進国である大国の商取引のルールは、普通はその時代の最先端・・合理性の発露であることが多いので、(公害、食品衛生、消費者保護、証券取引その他すべてに亘って先進的なことが多いのです)その大国の先例や法令が支配意見になり易いのも事実です。
しかし、世界中にはいろんな発展段階の国がありますから、最先端国の規準が将来は正しいとしてもある国にとっては何十年も早すぎることもあるのです
こうした次第で、大国が主導することが、必ずしも不当とは限らないのですが、たまに自国にだけ都合のよいことも紛れ込んで来ますので、不公正な結果になり易いのです。
会計原則を決めるのと同様に、世界貿易ルールも冷静合理的な話し合いで、大国小国に拘わらず対等な意見で、解決して行くことが出来る公正な時代が早く来て欲しいものです。
今では、国際連合に始っていろいろな国際機関が出来ています。
一つの価値観・・すなわち一種の宗教で、世界を統一しようとすれば、無理が生じるでしょう。
アメリカは、一種の世界宗教のような意気込みで、市場経済その他のアメリカ式ルールを強制しようとして頑張っているので、反発を招いているのです。
ブッシュの戦争は、いまだにイスラムという宗教に生活規範の大半を委ねている国々に対し、自分の国の意見を、力づくで押し付けようとするものでしょうが、力づくで押し付けるのは覇道であって、正義の伝道とは言えません。
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