03/29/06
法の支配と被支配1(ローマ法とイスラム法の世界)
支配、被支配の関係は、結局は支配意思の貫徹・・命令服従の関係ですが、組織が大きくなれば、大音声で号令する程度では間に合いません。
組織化が進むと口伝えによる命令では、末端に行くに連れて支配者の意思とかなりずれてしまうのが普通ですからから、結局は、文字の発達以降は、命令意思を文書化して伝達するのが合理的です。
綱吉の生類憐れみの令でみれば分かるように、次から次へとパラパラと出していたのでは、前後で矛盾したことが起きてきます。
そこでいろんな場合に適用しても矛盾しないように体系化したのが、ローマ法やナポレオン法等の法体系と言うものです。
日本の歴史を見ても聖徳太子の17条憲法などは精神規定みたいなものですし、その後の各種の法(例えば3世一身の法等)は単発的なものでしかなく、中世の貞永式目はかなりまとまっていますがそれでも体系的に生活規範を網羅した物とまでは言えません。
その後の戦国時代以降に戦国大名が制定した分国法、さらには徳川家で定めた各諸法度も体系的なものでは有りません。
これはわが国だけのことではなく、ローマ法やナポレオン法のように体系的な法典を作り上げることの出来た国はなかったのです。
こうして西洋大陸諸国では、ローマ法の体系を利用して各国独自の事情を加味して、民法その他を作っていったのです。
憲法学者や、人権運動家が「法の支配」ルール、オブ、ザ、ローを有り難がりますが、実は最高君主・・権力者の意思に反した中間役人の恣意による支配を拒めると言うだけであって、法の支配は、支配の道具の合理化でしかないのです。
ところで、ある紛争その他の解決を最終的に決める権限・裁決権こそが、支配権力の核になるべき権能です。
ある法体系・・・考え方を受け入れると言うことは、何かモメゴトがあったときの正邪判断の基準を、その法に求めると言うこと・・すなわち紛争を裁断する価値支配を受け入れたことになるのです。
国王や総理(今は国会)が決めると言っても、法治国家では、既に法が決まっているのですから、その法に合致するかどうかが紛争の勝敗を分け、あるいが行政間の行動指針になり、ひいては国民の行動基準にもなるのです。
その法を作るのは、国王や国会であるといっても、実はローマ法やナポレオン法典の壮大な体系の一部改正していじくっているに過ぎないのです。
孫悟空が金斗雲にのって世界の果てまで飛んだつもりでいたら、実は観音さんの手のひらの上だけだったと言う話と同じです。
ある法体系を採用すると言うことは、その価値観を受け入れると言うことですから、その法体系の一部くらいいじくっても多寡が知れているのです。
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