03/26/06

商人と規制の親和性10(宗教と戒律2)

日本では、農業社会化していた結果、仏教は交換経済秩序・・・戒律を伝えるよりも、山岳宗教と結びついて修行と内面との向き合いに活路を見出して発展し、強固に根を張って行ったのですが、こうした思考は基本的には商業活動を敵視する傾向があります。
この結果仏教は、室町以降の急激な社会発展・・・商業化についていけず、社会発展の妨害因子にすらなっていたのです。
こうした反動性が、商業志向の強い信長に憎まれ、叡山焼き討ちや石山寺攻撃などに繋がっていったのでしょう。
徳川家は、農業志向政権でしたから、天下掌握直後には、黒衣の宰相といわれた天海や、金地院崇伝、沢庵和尚などが活躍しますが、これも最初だけで、あとは儒学者に入れ替わっていき、仏教は次第に葬式仏教・・儀式担当に堕して行くのです。
江戸時代以降は儒学が官学になったから仏教が儒学に押されたと言うだけでなく、次第に発達した商業活動の発達に仏教はついていけず、実用から始まっている儒学に押されていったと言えるでしょう。
ようするに、現世の複雑化した社会事象に対して、仏教は慈悲の心などの抽象的指針しか提示できず、生きていくルール・・具体的指針の提供者になれなくなっていたのです。
03/02/06「商から農への転換6(回教の実利と仏教の哲理2)」前後で比ゆ的に書きましたが、仏教が哲理に優れていたのは、後発のイスラムに比べて不得意な戒律での勝負を放棄して、哲学方面に純化して行った結果と言えるかもしれません。
或いは、現世利益を具体的に説明出来なくなって、彼岸のあの世の説明ばかりに特化したことが、葬式仏教に堕した原因かも知れません。
ただし、イスラムやキリストの提示した交換経済の秩序は、キリスト世界で発達した概念である「人間は万物の霊長」とする考え方による人間界だけのルールであって、人間は長い間、自然界に対しては、何も交換せずに勝手に木の実をとったり動物を捕獲して肉を得てきました。
これがその後農業や牧畜、さらには栽培型漁業になってきて、自然界とのギブ&テイク、一種の交換関係になってきたのが、近年の状態と言うところでしょうか?
わが国では万物の霊長という観念が有りませんから、昔から、薪炭需要にあわせて植林したり、奥山を大切にしてきました。
今でも、そこまで行かないで、一方的略奪関係にあるのが、化石燃料利用の世界で、そのために地球温暖化や資源枯渇の心配が生じているのです。



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