03/22/06
行政訴訟の重要性2(原発設置問題1)
福井の原子力発電所の差し止め訴訟の判決が出ましたが、原子力発電の安全性について政府や、有識者・・官僚が専門的に検討して決めたものだから、素人は黙っていればいいと言う姿勢では国民が納得できなくなってきているのです。
これは空港騒音問題や、公害問題その他すべての分野で言えることで、もう一度国民の目線で見直して納得できなければ、司法審査に服すべきだと言う時代になってきつつあるのです。
こういうレベルの問題は、本来政治家の出番ではなく、専門的なレベルに合致しているかどうかの問題ですから、司法審査でもう一度チェックしなおすのは当然のことで、マスコミが、政治的大問題として取り上げるほうがむしろ問題です。
政治的には、原子力発電の危険があっても良いかどうかは決着済みであって、問題は、現にある原子力発電システムが危険かどうかの事実認定の問題です。
ある飛行機の検査で、メンテナンス不十分が認定されて、飛行禁止命令が出たからと言って、マスコミが大騒ぎして、これでは自分の国が飛行機を飛ばせなくなるとばかりに、裁判に圧力をかける国を想像してみれば分かるでしょう。
こんなことで大騒ぎするのは、危険な未修理の飛行機を飛ばしてはいけない点は、政治で決着済みですから、その国は、安全運行と言うのは建前だけで、実は危険でもなんでも良いから、飛行機を飛ばそうとしていることがばれるの怖いと言うレベルの国だと国際的に宣伝しているのと同じことになるでしょう。
原発も同じことで、技術的なことは政治問題でなく、技術的に対処していくべきなのでしょうが、どうしても政治問題にしたいと言うことは、安全宣言は建前でしかなく、本音では危険であろうが何であろうが原発は必要だと言う本音を隠したいからでしょうか?
実は、わが国と言うか後進国では、法で決めた原子力基本法・環境保護その他の規準は建前で奇麗ごとを決めただけで、実際は少しくらいは危険でもよいと言う本音・・こうした建前と現実の乖離している分野が多いのです。
日本の行政訴訟の政治的影響力が強いのは、建前と実際の運営が違うことが、裁判で暴かれると政治的影響が大きいからだということでしょう。
車や電気製品等日常品の欠陥が裁判で分かっても、政治問題にならないのは、法の建前と本音が一致しているからでしょう。
ところで、裁判所が政治に口出しするのかと疑問に思う方が多いでしょうが、上記のように原子力発電の差し止めや飛行機の騒音でも差し止めは、本来政治ではないのに、マスコミがこれを政治問題にして国民の疑問を封じようとしているだけなのです。
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