03/19/06

商人と規制の親和性6(交易と窃盗の歴史1)

とりわけ、デザインや、知財関係は、国際性が高いので、これを国際的統一法で、取り締まらないのでは、抜け駆けするもの・国だけがぼろもうけする関係になります。
取引規制と言っても、財物と言えば、有体物が主要な時代には、ある物資の集積する中心地を基準に考えれば、盗んで運搬できる範囲プラスアルファ内で、窃盗に関する規制法が制定され、それの強制さえ出来ればいいのです。
商圏の範囲と概ね一致すると言えるでしょうか?
僻地(遠く離れれば)に行けば行くほど、物流が少なくなるので、中心地で発達した道徳律は、距離に比例して緩くなる傾向があるのは仕方がないでしょう。
これを、一般には、文化の差、都と鄙の差と表現しているのです。
しかし、その周辺民族がその法を守るようになれば、そこに隣接する外周地域でも同じ法(ルール)を守ってくれねば、周辺地域住民も安心できませんし、その法を守ろうとしなくなります。
こうして陸続きの場合は、更にその先へ先へと伝播していき、同じ価値観が育まれていくのです。
価値観の伝播は、上記のように際限がない筈ですが、アルプスやヒマラヤとかの山脈あるいは大河の存在で、さえぎられた範囲で、言語風習の違いが生まれ、それが現在の民族単位の国家範囲になってきたと言えるでしょう。
先進地域と後進地域の差は、古代には物資の集積地、すなわち都市国家とその周辺と言う関係でしたから、物流に頼る比率の差だったと言えるでしょう。
自給自足と本質的に遠い関係にある物資集積地、すなわち都市集落では、早くから交換取り引きルールと表裏の関係である「盗み禁止のルール」が早くから発達したでしょう。 
これに対し、中心部の周辺、更にその外周の地域では、自給自足が基本ですし、その集団だけで賄えない物資の交換のためにだけ、(例えば黒曜石の入手など)都市に出かけていったのが最初でしょう。
自給自足経済で間に合う生活用品は、元々交易品では有りませんから、これが不足すれば、同じ一族内の有り余っているものの財を使えばいいと言う、半原始状態の精神で生きていますから、盗むと言う概念自体簡単には馴染みません。
周辺地域も、たまに中心地へ行って異民族や他部族と交易するだけでなく、分業が進み身近な者同士でも交換することが発達してくると、個人、または一家での所有が発達してきます。
わが国でも、つい戦前までは、家の所有概念を基本にしていたのですから、(子供が都会に出て働いても仕送りするのが普通でした)そう昔の話では有りません。
所有が家単位まで来ると、交換ルールの裏側の「交換によらない物の移動」を窃盗や横領、詐欺などと言うようになって、犯罪であると言う価値観の共有が進んだのでしょう。



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