03/15/06

中華人民共和国の成立3(農民の後進性)

辛亥革命前には、洪秀全の太平天国の乱(1951年〜)で一時的に平等思想による革命政権が成立したこともありましたから、農民が共産軍を支持したと言うよりも、歴代王朝転覆時類似の農民軍と見る方が正確でしょう。
彼ら従来の農民軍との違いは、従来は天下を取ると自ら皇帝になっていったのに対し、毛沢東は、政権を取ると、世襲の皇帝にならなかったと言うところでしょうか?
彼に対するの個人崇拝は大変なものでしたが、それでも彼は公約を守って、共産主義化を進めます。
こうして、中国では政権を取る前からの公約ですから、地主から農地を没収すると簡単に集団農場・・・人民公社化が成立したのです。
中国農民は、ロシアのように部分的にも農奴解放・自営農民化が進んでおらず、みんな農奴的小作人でしたから、集団農場化に対して抵抗が有りませんでした。
同じく混乱期(弾圧権力不在時)があっても、社会主義思想の本家であったドイツを見ると、敗戦と言う極限状況になっても、あるいは、ナチスの場合も、社会主義革命に発展しなかった違いも、そこ(農民層の構成・・自営農民の存在)にあるでしょう。
このように中国共産党の政権獲得は、革命と言うよりも混乱の中で、誰が農民の支持受けて勝ち残ったかと言う面があって、ロシア革命とは、その担い手が違いますので、その後の中ソ路線対立となっていくのではないでしょうか。
ところで生産手段の国有化といっても、資本の国有化と農地の国有化は本質が違うのです。
資本・・・株式がその殆どです。・・・については、大勢の株主に帰属し、さらには、機関投資家が保有するの場合と国有の違いは、運営が市場経済によるか官僚支配によるかの違いでしかないのですから、大差有りません。
これ前も書いているようにわが国などは、国の指導がきついのですから、殆ど同じだったでしょう。
農地の場合は、集団農場か個人所有かは誰の意見に従うかではなく、文字通り自分のものかどうかですから、本質的な違いがあるのです。こうして少しでも個人所有が成立した社会・・あるいは帝政ロシアのように政権側の改革でホンのちょっと前に自分の土地を入手したばかりの元農奴でも、集団農場化にものすごい抵抗をしたのです。
自然的発生的に長い間に農地私有になっていた社会では、全国民から農民から土地を取り上げるなどは、不可能です。
(成田空港建設で、土地を取り上げられることになった農民の抵抗の激しさと長さを想起してください)
ですから、共産主義制度は農場の国有化集団農場化に適した社会・・・個人所有の発達していない社会・・すなわち超後進国でこそ、成立するものでしょう。



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